MENU
カテゴリー

日本人はバカなのか?海外比較で見えた本当の弱点は「学力」ではなく思考停止だった

「日本人はバカなのか?」という言葉は、かなり乱暴だと思う。正直、まともな議論を始める言葉としては最低に近い。とはいえ、この言葉が検索される時点で、ただの悪口では終わらない不満があるのも事実だ。

結論から言うと、日本人はバカではない。むしろ、学力や基礎能力だけで見れば、かなり優秀な部類に入る。それなのに、海外からも日本人自身からも「日本人は頭が悪い」「思考停止している」「なぜ変われないのか」と言われる場面がある。

つまり問題は、能力が低いことではない。能力があるのに、意見を言わない。データを見ない。空気に負ける。政治を諦める。組織の無駄に従う。ここに本当の弱点がある。

私も教育系の仕事やブログ運営をしていて、何度も感じる。日本人は真面目だし、理解力も高い。だが、自分の頭で考えて、自分の言葉で判断して、実際に動くところになると急に弱くなる。ここを見ないまま「日本人は優秀」と言い切るのも、「日本人はバカ」と吐き捨てるのも、どちらも雑すぎる。

目次

日本人は本当にバカなのか?まず結論から言う

学力だけで見れば日本人はかなり強い

まず、データを見ると「日本人はバカ」という言い方はかなり無理がある。

OECDのPISA 2022 日本の結果では、日本の15歳の生徒は数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーのすべてでOECD平均を上回っている。文部科学省の資料でも、日本は数学的リテラシーがOECD加盟国中1位、読解力が2位、科学的リテラシーが1位とされている。

さらに、OECDの成人スキル調査2023 日本版でも、日本の16〜65歳は読解力、数的思考力、適応的問題解決力でOECD平均を上回っている。成人になってからも基礎能力は高い。

だから「日本人は知能が低い」という話ではない。そこを勘違いすると、ただの自虐か差別に落ちる。ネットによくある雑な断定ほど、人類の知性を台所の排水口に流しているものはない。

それでも「日本人は頭が悪い」と見える場面はある

では、なぜ「日本人はバカ」と言われるのか。理由は、知識や計算力ではなく、行動や意思表示の弱さにある。

たとえば、明らかにおかしいルールでも「昔からそうだから」と続ける。会議で本音を言わず、終わった後に陰で文句を言う。政治に不満はあるのに投票や議論には参加しない。英語が苦手だから海外の一次情報を見ない。SNSでは強いことを言うのに、現実では何も変えない。

このあたりが、海外の人から見ると「自分の意見がない」「権威に従いすぎる」「議論できない」と見えやすい。つまり、日本人の弱点は「頭の中」より「使い方」にある。

海外から日本人がバカに見られやすい理由

英語が話せないと、世界では発言していないのと同じになる

日本人が海外から低く見られやすい理由の一つが英語力だ。

文部科学省の外国語教育政策資料では、高校卒業段階でCEFR A2相当以上を達成した生徒の割合を増やすこと、さらにB1相当以上の高校生を増やすことが目標として示されている。つまり、国としても英語力の底上げが課題だと認識している。

もちろん、英語ができないからバカという話ではない。日本で暮らすだけなら日本語で十分な場面も多い。しかし、国際ニュース、論文、ビジネス、テクノロジーの一次情報は英語で出ることが多い。そこにアクセスできないと、どうしても情報が遅れる。

英語ができない人が悪いというより、「英語ができなくても困らない社会」に長く甘えてきた結果、世界の議論から置いていかれやすくなっている。これはかなり痛い。

空気を読む力が、意見を持たない人に見える

日本では「空気を読む」ことが重要視される。これは一面では長所だ。相手の気持ちを察する。場を乱さない。集団で動ける。これ自体は悪くない。

ただし、空気を読みすぎると、意見を言わない文化になる。意見を言わない文化になると、間違った方針でも止められない。止められないまま時間だけが過ぎる。結果として「みんな薄々おかしいと思っていたのに誰も言わなかった」という、人間社会名物の残念イベントが発生する。

海外から見ると、これは「協調性」ではなく「主体性のなさ」に見えることがある。特に、議論で意見をぶつける文化の人からすると、日本人の沈黙は「考えている」ではなく「何も考えていない」に見えやすい。

実際には考えている人も多い。だが、考えているだけで言わなければ、外からは存在しないのと同じだ。ここが日本人のかなり弱いところだと思う。

政治への諦めが「自分で考えない国民」に見える

「日本人は政治に無関心」とよく言われる。これも完全な嘘ではない。

総務省の国政選挙における年代別投票率についてを見ると、若年層の投票率は他の年代より低い傾向が続いている。さらに、内閣府の社会意識に関する世論調査では、国の政策に民意が「反映されていない」とする人が7割を超えている。

ここから見えるのは、単なる無関心ではない。「どうせ変わらない」という諦めだ。

ただ、この諦めが続くと本当に変わらない。投票に行かない。政策を読まない。議論しない。そうすると、声の大きい人、組織票を持つ人、既得権益を持つ人の影響が強くなる。結果として、ますます「自分たちの声は反映されない」と感じる。完全に負のループだ。

これを「日本人はバカ」と言うのは乱暴だが、「賢い行動ではない」とは言える。

データで見る日本人の本当の弱点

勉強はできるのに、社会を変える力に変換しきれていない

日本人は、テストや決まったルールの中ではかなり強い。学校教育、基礎学力、読解力、計算力。このあたりは普通に高い。

問題は、その能力を現実の変化に使う力だ。

たとえば、会社で無駄な会議がある。書類のための書類がある。誰も読まない資料を作る。意味の薄い承認フローを通す。これらを「おかしい」と思いながら続けてしまう。

能力がないのではない。能力を無駄な仕組みに吸われている。これはかなりもったいない。

公益財団法人日本生産性本部の労働生産性の国際比較では、日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟国の中で高い順位とは言いにくい。学力が高いのに生産性が伸びにくいなら、問題は個人の頭の悪さではなく、社会や組織の設計にあると考えるべきだ。

日本人は努力が足りないのではない。努力の向きがズレている。努力を美徳にしすぎて、成果につながらない作業までありがたがる。これがかなり危ない。

「正解を探す力」は強いが「問いを作る力」が弱い

日本の教育は、正解のある問題に強い人を育てやすい。これは悪いことではない。基礎を積み上げるには必要だ。

ただ、社会に出ると正解がない問題だらけになる。

どの仕事を選ぶか。どの情報を信じるか。どの制度を変えるべきか。どこまでリスクを取るか。こういう問題には、答えが一つではない。だから、自分で問いを作る力が必要になる。

しかし、日本では「間違えないこと」が重視されすぎる。失敗すると叩かれる。挑戦すると浮く。変なことを言うと空気を壊す。すると、みんな無難な答えを探し始める。無難な答えは安全だが、何も変えない。

これが「日本人は思考停止している」と言われる大きな理由だと思う。

「日本人はバカ」と決めつける人もまた危ない

自虐で終わるのは一番楽な逃げ方

「日本人はバカだ」と言うのは簡単だ。自分だけは分かっている側に立てるから、ちょっと気持ちいい。ネットでやると、そこそこ共感も集まる。人間、承認欲求に餌を与えるとすぐ太る。面倒な生き物だ。

だが、自虐だけでは何も変わらない。

「日本人はダメだ」と言って終わる人は、結局その日本社会の一部として何もしていない。批判しているようで、ただの安全圏からの文句になっていることも多い。

本当に必要なのは、「どこが弱いのか」「なぜそうなるのか」「自分は何を変えるのか」まで考えることだ。

個人差を無視すると、改善点が見えなくなる

日本人と一括りにするのも危険だ。日本にも、自分で考えて行動する人はいる。英語で情報を取りに行く人もいる。政治に参加する人もいる。組織を変えようとする人もいる。

逆に、海外にも思考停止している人は普通にいる。国籍で人間の賢さを決めるのは、だいぶ雑だ。雑すぎて、雑巾に謝ったほうがいい。

だから、「日本人はバカ」というより、「日本社会には、賢い人でも思考停止しやすい仕組みがある」と見たほうが正確だ。

この見方なら、改善できる。

これから日本人に必要な賢さ

自分の意見を短く言う力

まず必要なのは、自分の意見を短く言う力だ。

長い説明や完璧な理論はいらない。最初は「私はこう思う」「理由はこれ」「だからこうしたい」でいい。会議でも、家庭でも、SNSでも、これができるだけでかなり変わる。

日本人は「間違っていたら恥ずかしい」と思いすぎる。でも、黙っているほうが危ない。間違った意見は修正できる。言わなかった意見は存在しない。

一次情報を見る習慣

次に、一次情報を見ることだ。

誰かの切り抜き、SNSの怒り、まとめサイト、YouTubeの極端な解説だけで判断すると、簡単に流される。特に政治、経済、教育、医療、投資あたりは、一次情報を見ないと危ない。

全部を読む必要はない。公式ページ、統計、報告書の概要だけでもいい。たとえば教育ならOECDや文科省、政治意識なら内閣府、選挙なら総務省を見る。これだけで、かなり雑な煽りから距離を取れる。

情報を疑う力は、現代の防具だ。装備なしでSNSの荒野に出るのは、ほぼ裸で雪山に行くようなものだ。

小さく行動する力

最後に、行動する力だ。

投票に行く。職場の無駄を一つ減らす。英語の記事を一つ読む。知らないことを調べる。おかしいと思ったことを一度だけ口に出す。これくらいでいい。

大きな革命はいらない。むしろ、いきなり大きいことを言う人ほど続かない。日本社会に必要なのは、日常の中で少しずつ思考停止を減らすことだ。

「みんながやっているから」ではなく、「本当に必要か」と考える。これだけでも十分に知的な態度だ。

まとめ:日本人はバカではない。だが、賢さの使い方はかなり問われている

「日本人はバカなのか?」という問いへの答えは、かなりはっきりしている。日本人はバカではない。学力や基礎能力のデータを見ても、むしろ高い。

だが、それで安心してはいけない。

日本人の弱点は、能力がないことではなく、能力を社会の改善や意思表示に変える力が弱いことだ。空気を読みすぎる。英語情報から遠ざかる。政治を諦める。組織の無駄に従う。自分の意見を出さない。ここが本当にまずい。

だから、「日本人はバカ」と自虐して終わるのは違う。「日本人は優秀」と誇って終わるのも違う。

必要なのは、賢いふりではなく、実際に考えて動くことだ。一次情報を見て、自分の意見を持ち、小さく行動する。これができる人が増えれば、「日本人はバカ」なんて雑な言葉は、少なくとも今より説得力を失う。

結局、バカかどうかは国籍では決まらない。考えることをやめた瞬間に、人はちゃんとバカになる。そこだけは、日本人も海外の人も平等だ。残酷なくらいに。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

30代ブロガー
いろいろあって苦労したことの備忘録
少しでも皆さまのお役に立てれば幸いです✨

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次