「会社に相談すれば、きっと守ってもらえる」
もし本当にそうなら、ハラスメント問題はここまで深刻になっていないはずです。
上司から暴言を吐かれる。無視される。無理な仕事を押しつけられる。みんなの前で人格を否定される。そして勇気を出して会社に相談したのに、「悪気はなかった」「あなたにも原因がある」「もう少し様子を見よう」と流される。
こんな話は珍しくありません。
では、本当に「会社は守ってくれない」のでしょうか?
結論から言えば、会社にはハラスメント対策をする義務があります。しかし、会社にすべてを任せれば必ず守ってもらえるとは限りません。
ここを勘違いしてはいけないと思います。
厚生労働省の令和5年度調査では、過去3年間にパワハラを経験した労働者は19.3%でした。また、パワハラを受けた後に「何もしなかった」という人も36.9%います。被害があっても動けない人はかなり多いのです。
だからこそ、自分を守る方法を会社だけに任せてはいけません。
私は、ハラスメント問題では「正しい人が最後には勝つ」と楽観的に考えるのは危険だと思っています。
必要なのは我慢ではありません。
証拠を残し、記録を取り、相談先を確保し、自分が逃げられる状態を作っておくことです。
「会社は守ってくれない」と感じるのはなぜか
会社には会社の事情がある
まず理解しておきたいのは、会社と被害者の目的が必ずしも同じではないことです。
被害者が求めているのは、
「ハラスメントを止めてほしい」
「加害者から離してほしい」
「事実を認めてほしい」
ということでしょう。
一方、会社側はそれだけを考えているとは限りません。
職場への影響、人事への影響、管理職の責任、取引先との関係、会社の評判など、さまざまな問題を考えます。
特に加害者が管理職だったり、成績の良い社員だったりすると話はさらに面倒になります。
だからといって会社がハラスメントを放置していいわけではありません。
厚生労働省によれば、労働施策総合推進法により、事業主には職場のパワーハラスメントを防止するため、相談体制の整備など必要な措置を講じる義務があります。また、労働者が相談したことなどを理由として不利益な扱いをすることも禁止されています。
参考:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
つまり、
「会社が助けてくれたらラッキー」ではなく、本来は会社が対応しなければならない問題なのです。
「相談窓口がある=安全」とは限らない
多くの会社には、人事部やコンプライアンス窓口があります。
これは必要な制度です。
しかし、窓口が存在することと、問題が適切に解決されることは別です。
「相談は受け付けました」
「本人に注意しました」
「双方に問題があったと思います」
これだけで終わる可能性もあります。
一方、厚生労働省は、ハラスメント相談を受けた会社について、事実関係を迅速かつ正確に確認することや、被害者と行為者に適切な措置を取ることなどを求めています。
私は、ここが非常に重要だと思います。
相談したという事実だけでは足りません。
相談後に会社が何をしたのかまで記録しておくべきです。
そもそも何がパワハラになるのか
パワハラには3つの要素がある
嫌なことを言われたら、すべてパワハラになるわけではありません。
厚生労働省は職場のパワーハラスメントについて、
「優越的な関係を背景とした言動」
「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」
「労働者の就業環境が害されるもの」
という3つの要素をすべて満たすものとしています。
参考:厚生労働省「あかるい職場応援団・パワーハラスメントとは」
そのため、普通の業務上の注意まで何でもパワハラになるわけではありません。
しかし逆に、
「指導だから」
「昔は普通だった」
「本人のためを思って言った」
という言葉だけで許されるわけでもありません。
人格を否定するような暴言、必要以上の叱責、仕事を与えない行為、能力とかけ離れた仕事を押しつける行為などは、状況によってパワハラに該当する可能性があります。
「自分が弱いから傷ついたのでは?」
などと考えて我慢する必要はありません。
ハラスメントを受けたら最初にやるべきこと
感情より先に証拠を残す
私はここが一番重要だと思っています。
腹が立ったとしても、いきなり相手と全面対決するより、まず記録です。
なぜなら、時間がたつほど、
「そんなことは言っていない」
「覚えていない」
「冗談だった」
「本人も納得していた」
という話になりやすいからです。
残しておきたいのは、メール、社内チャット、LINE、業務指示、録音、日時、場所、発言内容、目撃者などです。
厚生労働省も外部相談をするときには、「いつ」「どこで」「何を言われたか」「誰から言われたか」「誰が見ていたか」といった内容を整理しておくことを勧めています。
参考:厚生労働省「あかるい職場応援団・相談窓口のご案内」
私はスマートフォンや自宅のPCなど、会社側が簡単に消せない場所にも記録を整理しておいた方がいいと思います。
ただし、会社の機密情報や個人情報を勝手に持ち出すと別の問題になる可能性があります。
何でもコピーすればいいという話ではありません。
必要な証拠を残すことと、会社の情報を無断で持ち出すことは分けて考えるべきです。
日記でもいいから毎回記録する
証拠というと録音をイメージする人が多いでしょう。
もちろん録音は重要です。
実際、厚生労働省が紹介している裁判例でも、秘密録音された言動が事実認定の材料になった例があります。
しかし、毎回録音できるとは限りません。
そこで有効なのが記録です。
「8月10日14時ごろ、会議室で○○部長から『お前は役に立たない』と言われた。その場にはAさんとBさんがいた」
このくらい具体的に残します。
後からまとめて書くより、その日のうちに書いた方がいいでしょう。
半年後に記憶だけで戦おうとしても、細かい日時や言葉は消えていきます。
人間の記憶は残念ながら自動バックアップされません。
だから記録するのです。
会社へ相談するときにも自衛する
できれば記録が残る方法で相談する
上司に口頭で、
「ちょっと相談したいことがあります」
だけではなく、メールなど記録が残る方法も使った方がいいと思います。
「○月○日に○○という発言を受けました」
「以前から同様の行為が続いています」
「会社として事実確認と対応をお願いします」
という形です。
これなら相談した日時と内容が残ります。
重要なのは、感情だけを書くのではなく事実を書くことです。
「最悪の会社だ」
「絶対に許せない」
と書きたい気持ちは分かります。
しかし、それより、
「いつ、誰が、何をしたのか」
を書いた方が強いです。
怒りは主観ですが、日時と発言は事実だからです。
会社の回答も保存する
会社から回答があったら保存します。
口頭で説明された場合には、自分で内容を記録しておきます。
可能なら、
「本日のお話について、私の理解では○○という対応になるとのことでした」
とメールで確認しておく方法もあります。
これだけでも後から、
「そんな説明はしていない」
という話になるリスクを減らせます。
会社と戦いたいから記録するのではありません。
自分の認識を守るために記録するのです。
会社が動かないなら外部へ相談する
総合労働相談コーナーを利用する
社内で解決できないなら、会社の外に出るべきです。
厚生労働省の「総合労働相談コーナー」では、パワハラ、いじめ・嫌がらせ、解雇、配置転換、賃金など幅広い労働問題について無料で相談できます。
面談だけでなく電話相談も可能で、予約も不要です。また、必要に応じて労働局長による助言・指導や紛争調整委員会による「あっせん」といった制度につながる場合もあります。
参考:厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」
「会社に相談したから、もう待つしかない」
ではありません。
会社の外にも相談先はあります。
弁護士などへの相談も考える
状況が深刻なら、労働問題を扱う弁護士への相談も検討した方がいいでしょう。
特に、
退職を迫られている。
降格や異動が行われた。
長期間ハラスメントが続いている。
会社が事実確認をしない。
損害賠償まで考えている。
このような場合には、自分だけで判断するより専門家を入れた方が安全です。
法テラスなどを通して相談先を探す方法もあり、厚生労働省のハラスメント相談ページでも外部相談先として案内されています。
「辞めたら負け」ではない
自分の健康より会社を優先する必要はない
ここは強く言いたいです。
「ここで辞めたら逃げたことになる」
「相手の思うつぼだ」
と考えて限界まで働く必要はありません。
会社は人生の一部でしかありません。
ハラスメントで睡眠が取れない、食欲がなくなる、仕事へ行こうとすると体調が悪くなるような状態なら、問題はすでに仕事だけでは済まなくなっています。
厚生労働省の「こころの耳」でも、パワーハラスメントが仕事への意欲などに大きな影響を与えることが紹介されています。
参考:厚生労働省「こころの耳・パワハラに関してまとめたページ」
退職するかどうかと、ハラスメントを許すかどうかは別問題です。
辞めても記録を残すことはできます。
外部へ相談することもできます。
自分の健康を壊してまで職場に居続けることを「戦う」と呼ぶ必要はありません。
2026年10月からハラスメント対策はさらに強化される
2026年10月1日からは、カスタマーハラスメント対策と、求職者などに対するセクシュアルハラスメント対策についても、事業主に防止措置が義務付けられます。
参考:厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
つまり、ハラスメントを「本人同士の問題」で終わらせる考え方は、ますます通用しなくなっています。
会社には対策が求められます。
しかし、法律が変わった瞬間にすべての会社の文化まで変わるわけではありません。
だからこそ、制度を知ることと自衛することの両方が必要なのです。
ハラスメント被害者が覚えておくべき自衛の基本
ハラスメントを受けたとき、私は次の順番を基本にした方がいいと思います。
- まず自分の安全と健康を守る
- 日時・場所・発言・行為を記録する
- メールやチャットなど客観的な証拠を保存する
- 社内へ相談する場合も記録を残す
- 会社がどう対応したかも記録する
- 解決しないなら労働局など社外へ相談する
- 深刻な場合は弁護士など専門家へ相談する
- 体調に影響が出ているなら退職や休職も選択肢に入れる
大事なのは、いきなり「戦う」ことではありません。
逃げ道を確保した上で動くことです。
ハラスメント問題では、相手を倒すことより、自分の人生への被害を小さくすることの方が重要です。
まとめ|会社を信じるのではなく、制度と証拠で自分を守る
「会社は守ってくれない」
かなり強い言葉です。
実際には、すべての会社が被害者を見捨てるわけではありません。真剣に調査し、加害者を処分し、被害者を守ろうとする会社も当然あります。
そして法律上も、会社にはハラスメント防止措置や相談対応が求められています。
しかし、
「会社なら自分を守ってくれるはずだ」
と無条件に信じるのは危険だと思います。
会社が動かなかったとき、自分を守れるのは何でしょうか。
私は、記録、証拠、制度、外部の相談先、そしていつでも離れられる準備だと思います。
ハラスメントに耐え続けることは強さではありません。
会社に人生まで預ける必要もありません。
記録してください。
相談してください。
そして必要なら離れてください。
仕事はやり直せます。
しかし、壊れた心や体を元に戻すには長い時間がかかることがあります。
会社より、自分の人生を優先する。
ハラスメント被害に遭ったとき、最後に忘れてはいけないのはこの一点です。

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