「日本には米があるはずなのに、なぜスーパーから消えたのか?」
「JAが価格をつり上げたのでは?」「誰かが米を隠していたのでは?」と考えた人も多かったはずだ。私も最初は、ここまで急激に米が高くなるなら、どこかに分かりやすい原因があるのだろうと思っていた。
しかし、農林水産省が後から公表した検証を見ると、話はそんなに単純ではない。
2024年から始まった「令和の米騒動」は、猛暑による品質低下だけで起きたわけでも、JAだけが原因だったわけでもない。需要予測のずれ、精米できる量の低下、少ない在庫、流通の変化、買い込み、備蓄米の対応の遅れが同時に重なった結果だった。農林水産省自身も、当時の需要見通しや生産量の把握に課題があったことを検証している。
しかも話はそこで終わらない。
2026年になると米の供給量は増え、今度は在庫が積み上がる方向へ動き始めた。不足を心配していたはずなのに、わずか数年で「余るかもしれない」という話まで出てきたのだ。
私は、米が一時的に高くなったこと以上に、この振れ幅の大きさが令和の米騒動の本当の怖さだと思っている。
一次情報:農林水産省「今般の米の価格高騰の要因や対応の検証」

令和の米騒動とは何だったのか
2024年には米が店頭から消え、2025年には価格が急上昇した
最初に大きな混乱が起きたのは2024年夏だった。
新米が本格的に出回る前の8月、南海トラフ地震臨時情報が発表され、地震や台風も重なった。その結果、スーパーでの米の購買量は前年の約1.5倍まで増え、一部の店では米が品薄になった。農林水産省の分析でも、各流通段階からの供給が急な買い込みに追いつかなかったとされている。
つまり、「日本中から米が完全になくなった」という話ではない。
米の在庫が少なくなっていた時期に、消費者の購入が一気に増えた。その結果、店頭へ運べる量が追いつかなくなったのだ。
そして2025年になると、問題は「売っていない」から「高すぎる」へ変わった。農林水産省の2025年度の白書では、2025年5月の小売価格が前年同月のおよそ2倍の水準になったことが示されている。
5kgの米が4,000円を超える光景が珍しくなくなった。
さすがにこれは痛い。
毎日食べる主食だから、数百円の値上げでも家計には効く。それが1,000円、2,000円単位で動けば、「いったい何が起きているんだ?」となるのは当然だ。
2026年には価格が下がり始めたが、まだ単純に「元通り」ではない
2026年に入ると、小売価格には下落が見られるようになった。
農林水産省が紹介したPOSデータでは、2026年7月のスーパーでの平均販売価格は5kg当たり3,370円。さらに8月10日の週には3,191円まで低下している。
一方、生産者や集荷業者と卸売業者などの間で取引される「相対取引価格」はまだ高い。
2026年8月の2025年産米の相対取引価格は、全銘柄平均で玄米60kg当たり31,556円だった。2025年産米の年産平均では35,330円で、2024年産の平均25,179円を40%上回っている。
スーパーの値札は下がり始めている。
しかし、米の流通全体が完全に騒動前へ戻ったとは言いにくい。ここを一緒にしてはいけない。
令和の米騒動はなぜ起きたのか
猛暑で「収穫量」と「食べられる米の量」にずれが出た
原因として最初に確認したいのが、2023年の猛暑だ。
ここで注意したいのは、米は収穫した玄米をそのまま食べるわけではないことだ。
高温の影響を受けると、白く濁った米などが増え、精米するときに使える米の割合が下がることがある。同じ量の玄米を収穫しても、実際に商品として使える精米の量が減ってしまうわけだ。
農林水産省の検証でも、当初の生産量の見通しでは、この「精米歩留まり」の低下が十分に考慮されていなかったとしている。
数字の上では米がある。
ところが、実際に消費者が食べる状態まで加工すると想定より少ない。
これはかなり厄介だ。
人口が減れば米の需要も減るという予測が外れた
もう一つ大きかったのが需要予測だ。
日本では長い間、人口減少や食生活の変化によって米の需要量が減少してきた。そのため、行政が将来の需要を予測するときも「今後も減っていくだろう」という考え方が基本になっていた。
ところが、2023年から2024年にかけて状況が変わった。
インバウンド需要が回復し、外食で使われる米も増えた。さらに他の食品が値上がりする中で、家庭で米を食べる需要も強まった。
農林水産省は後の検証で、2022年や2023年秋に需要を見通した時点では、人口減少による需要減少が続くと考えており、その後の需要増加を十分に予測できていなかったとしている。
これが重要だ。
「人口が減っているから、米も毎年同じように減らせばいい」
現実はそんなにきれいな直線では動かなかった。
需要予測を直した後も、今度は実際の需要が予想を下回った
さらに皮肉なのが2025年7月から2026年6月だ。
農林水産省によると、この期間の主食用米の需要実績は683万トンだった。2026年3月時点で見込んでいた691万~704万トンを下回っている。
農林水産省は、米価の高止まりや民間輸入の増加などが影響したと説明している。
つまり、前は需要を少なく読みすぎた。
その後は、実際の需要が見通しより少なくなった。
これを見ると、「生産量を少し増やせばすべて解決」という話でもないことが分かる。米は田植えをして数週間後に増産できる商品ではない。生産には時間がかかるのに、需要は価格や観光客、家計の動きによって変化する。
調整が難しい商品なのだ。
在庫が少ないところに買い込みが重なった
2024年夏の品薄をさらに悪化させたのが、在庫の少なさと急な買い込みだった。
農林水産省によれば、2024年6月末の在庫は近年では低い水準だった。その状態で8月の南海トラフ地震臨時情報や台風などが重なり、買い込み需要が発生した。
しかもお盆休みに入り、物流にも一時的な停滞があった。
普段なら回る流通でも、余裕が少ないときに注文が一気に増えれば詰まる。
私は2024年の騒動を見ると、「年間で何トンあるか」だけを見ても不十分だと感じる。必要なのは、その米がいつ、どこに、どれだけあり、どれだけ早く店頭へ動かせるかだからだ。
JA・農協が米価をつり上げたのか
JAだけを犯人にすると、令和の米騒動の原因を見失う
米価が上がると、どうしてもJAに注目が集まる。
確かにJAは米の集荷で大きな役割を持っているため、JAが生産者へ支払う「概算金」が上昇すれば、その後の流通価格にも影響する。
ただし、現在の米はJAだけを通っているわけではない。
生産者から卸売業者への直接販売、民間集荷業者、インターネット販売など、流通経路は複数ある。農林水産省の検証でも、従来の調査では把握できていなかった流通があり、実態把握を強化する必要があると整理されている。
しかも、集荷する側から見れば米が足りなければ、生産者から米を確保するために条件を上げる必要がある。
概算金が高くなるから米価が上がる。
一方で、米を集める競争が激しくなったから概算金も上がる。
原因と結果が一方向ではないのだ。
「全部JAのせい」で終わらせると、この部分が丸ごと抜け落ちる。
問題は「誰が悪いか」より価格形成が分かりにくいことだ
私はJAそのものより、米の価格がどう決まったのか消費者から見えにくいことのほうが問題を大きくしたと思う。
生産者の手取りはいくらなのか。
集荷段階でいくらになるのか。
卸売段階でいくらになるのか。
小売価格までに何が加わったのか。
最終的にスーパーで5kg4,000円になっても、普通の消費者にはその途中がほとんど見えない。
だから価格が急上昇すると、「誰かがもうけているのではないか」という疑いが生まれる。
情報が見えない市場は、それだけで不信感を生みやすい。
備蓄米はなぜもっと早く放出されなかったのか
政府備蓄米はあったが、最初から流通対策に使いやすい制度ではなかった
令和の米騒動で強く疑問を感じたのが備蓄米だ。
「政府に米があるなら、早く出せばよかったのでは?」
これはかなり自然な疑問だと思う。
ただ、政府備蓄米はもともと大凶作などによる深刻な供給不足への備えという性格が強い。2024年夏のように、年間の供給量そのものではなく、一時的に店頭流通が詰まった状態へ機動的に使うことは簡単ではなかった。
その後も価格上昇が続き、政府は2025年に備蓄米の売渡しを本格化させた。当初は入札方式で進め、その後は小売業者などへの随意契約による売渡しも行われた。
結果だけを見れば「もっと早ければ」と思ってしまう。
実際、政府自身も今回の価格高騰への対応を検証し、備蓄米の運用や米流通の把握方法を見直している。
一次情報:農林水産省「米の流通安定化に向けた対策」
一次情報:農林水産省「随意契約による政府備蓄米の売渡しについて」
2026年には逆に備蓄米を買い戻すことになった
ここから状況が反転する。
2025年には備蓄米を大量に市場へ出したため、政府の備蓄量は減った。
2026年9月1日の農林水産大臣会見では、政府備蓄米が32万トン程度まで減っており、適正水準とする約100万トンへ戻すため、まず2025年産米21万トンの買戻しを始める方針が説明された。
少し前まで「米が高いから備蓄米を出せ」と言っていた。
今度は備蓄を戻すために米を買う。
一見すると妙な話だが、備蓄制度である以上、減った在庫を回復させる必要はある。
問題は、その間に需給環境まで大きく変わったことだ。
2026年は今度は「米余り」が心配される状況へ
民間在庫194万トンと243万トン、なぜ数字が違うのか
米の記事を調べていると、2026年6月末の在庫について「194万トン」という数字と「243万トン」という数字が出てくる。
これだけを見ると、「どっちが正しいんだ」となる。
実は、集計している範囲が違う。
農林水産省が毎月公表している出荷・販売段階の調査では、2026年6月末の民間在庫は194万トンだった。前年より72万トン多い。
一方、「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」などで使われる、より広い範囲を含む在庫では243万トンとされている。農林水産省は過去にも、月次調査と基本指針で対象となる事業者などが異なるため、在庫量に差が出ることを説明している。
数字だけを切り取ると混乱する。
米の在庫を見るときは、「何トンか」だけではなく「どの範囲を数えた数字なのか」まで確認する必要がある。
これは今回の2記事を統合するうえでも、かなり重要なポイントだった。
2026年産は735万~754万トンの生産見通し
2026年9月時点では、供給不足より在庫の積み上がりが注目される状態になっている。
農林水産省が2026年9月に示した見通しでは、2026年産の主食用米などの生産量は735万~754万トン。2027年6月末の民間在庫は246万~283万トンになると見込まれている。
これはあくまで見通しなので、実際の収穫量や需要によって変わる。
それでも、2024年には「米がない」と大騒ぎしていたことを考えると、変化はかなり大きい。
不足する。
価格が上がる。
生産を増やす。
需要が落ちる。
在庫が増える。
米政策で怖いのは、この振り子だ。
米が高くても農家が大もうけしているとは限らない
稲作農家は5年間で約25%減った
米価が上昇すると「農家はかなりもうかっているのでは?」と思うかもしれない。
しかし、日本の米作りを長期で見ると、それほど余裕のある状態には見えない。
2025年農林業センサスでは、稲作を行う農業経営体は約53万3,000経営体だった。5年前から約18万1,000経営体、率にして25.3%減っている。
5年で4分の1だ。
もちろん、農地を大規模な農家へ集める動きもあるので、農家数が減っただけで生産能力も同じ割合で減ったとは言えない。
それでも担い手が急速に減っている事実は重い。
農業従事者の平均年齢は67歳を超えている
2025年の基幹的農業従事者は約102万人で、平均年齢は67.6歳。70歳以上が55.1%を占める。
この数字を見ると、米価をただ安くすればいいとも言い切れない。
消費者にとって米は安いほうがありがたい。
しかし、生産者が再生産できない価格まで下がれば、将来の生産者がさらに減る可能性がある。
逆に、高すぎれば消費者が米を買わなくなり、輸入米や麺、パンなどへ需要が移る。
安すぎても続かない。
高すぎても続かない。
米価の難しさはここにある。
令和の米騒動でよくある疑問
JAが米を隠して価格を上げたのか?
公表されている政府の検証資料を見る限り、令和の米騒動を「JAが組織的に米を隠したことが原因」とする根拠は確認できない。
確認されているのは、需要予測のずれ、高温による精米歩留まりの低下、在庫の減少、買い込み、流通経路の変化、集荷競争など複数の要因だ。
JAは重要なプレーヤーなので、その集荷価格や販売行動を確認することには意味がある。
しかし、「JAが全部悪い」で終わるのは無理がある。
米を大量に輸入すれば価格問題は解決するのか?
輸入米は短期的に国内供給を増やす手段にはなる。
実際、国内価格が高騰した2025年度には、SBS方式による輸入が上限の10万トンに達し、関税を支払って輸入する民間輸入も9万6,834トンまで増えた。
一方、輸入を継続的に増やせば、国内農家の販売環境にも影響する。
そのため「輸入すれば全部解決」「国産米だけで全部対応」という二択ではない。価格、食料安全保障、国内生産の維持をどこでバランスさせるかという話になる。
簡単な答えはない。
米価はこれから元の水準まで下がるのか?
これは断言できない。
2026年夏にはスーパーでの小売価格は下落している一方、2025年産米の相対取引価格は前年産よりまだ高い。さらに2026年産米の生産量や2027年6月末在庫については、供給に余裕が出る見通しが示されている。
価格は生産量だけでは決まらない。
肥料や燃料などの生産コスト、集荷価格、需要量、在庫、輸入量まで動くからだ。
「豊作なら昔の価格に戻る」と単純には考えないほうがいい。
まとめ|令和の米騒動の本質は「一人の犯人」ではなく需給の大きなずれだった
令和の米騒動を調べていくと、最初に感じる「誰が米を高くしたんだ?」という疑問は、少しずつ形を変えていく。
2023年の猛暑で精米歩留まりが悪化した。
需要が予想より増えた。
在庫の余裕が小さくなった。
そこへ2024年夏の買い込みが重なった。
流通の変化を行政が十分に把握できず、備蓄米による対応にも時間がかかった。
そして2025年には価格が大きく上昇した。農林水産省自身も、その後の検証で需要見通しや流通把握などの課題を整理している。
だから、JAだけを悪者にしても説明できない。
農家だけが得をしたという話でもない。
消費者の買い占めだけが原因でもない。
複数の小さなずれが重なり、在庫というクッションが薄くなったところで一気に表面化した。それが令和の米騒動だったと私は考えている。
そして2026年9月。
今度は生産量が増え、在庫も厚くなる見通しが出ている。政府は放出した備蓄米を買い戻し始めた。
不足を恐れた数年後に、余剰を気にする。
この振れ幅こそ、今回の騒動が残した一番大きな問題ではないだろうか。
スーパーの5kgの値札だけを見れば、騒動はいずれ落ち着いて見えるかもしれない。
しかし、本当に見るべきなのはその奥だ。
日本の米を「必要な量だけ作り、必要な場所へ届け、生産者も消費者も続けられる価格にする」。当たり前に聞こえるこの仕組みが、実はかなり危ういバランスの上に成り立っていた。
令和の米騒動で、それが一気に見えてしまったのである。


コメント