この世界の片隅に実写連続ドラマ化。内容は?

レビュー

こんにちはTac^^です。

こうの史代「この世界の片隅に」のテレビドラマ化が決定した。今夏放送される。

これは本日3月20日に発売された漫画アクション7号(双葉社)の誌上にて明かされたもの。

この世界の片隅に実写連続ドラマ化。内容は?

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この世界の片隅に実写連続ドラマ化。

こうのは連続ドラマになることについて「連載漫画ととても近い形の映像化だと思います」と述べ、「実写ならではの要素も楽しみです!」と期待を寄せた。キャストなどは続報を待とう。

「この世界の片隅に」は太平洋戦争中の広島県呉市を舞台にした、ある家族の物語。

18歳にして北條家に嫁ぐことになった女性・すずが、新しい環境や暗い時代の波に戸惑いながらも朗らかに生き抜く姿を描く。

2011年に“終戦記念スペシャルドラマ”として北川景子主演で実写化されたほか、2016年には片渕須直監督のもと、すず役をのんが務めたアニメ映画が公開され大きな話題となった。

こうの史代コメント
連続ドラマは、連載漫画ととても近い形の映像化だと思います。
実写ならではの要素も楽しみです!
すず達の日々を、皆さんと一緒に笑ったり泣いたりしながら毎週見守りたいです!

内容は?

こうの史代による日本の漫画作品。

『漫画アクション』(双葉社)にて2007年1月23日号 – 2009年1月20日号まで連載。

単行本は同社より上・中・下巻の形式と、前編・後編の形式で発売。

2011年8月5日に日本テレビ系列でドラマ化。

また、2016年11月12日より片渕須直監督による同名の劇場アニメーション映画が全国公開された。

2018年夏に連続ドラマ化予定。


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ドラマの内容は?

広島市江波で少女時代を過ごした浦野すずは、想像力が豊かで絵を描くのが上手く、自分が体験した出来事を、虚実の入り交じった漫画のような作り話にしてしまう才能の持ち主。

太平洋戦争中の1943年(昭和18年)12月、18歳のすずが草津の祖母の家で海苔すきの手伝いをしていると、突然縁談の知らせがくる。

急ぎ帰宅したすずが覗き見たのは、呉から来た北條周作という青年だった。

翌年2月、呉の北條家でささやかな結婚式が挙げられ、すずの新しい生活がはじまる。

すずは周作とどこかで会った気がするが思い出せない。

傍目には不器用で、いつもぼんやりしていて危なっかしく見えるすずは、北條家で失敗を繰り広げては、小姑の黒村径子に小言を言われる毎日を過ごすが、径子の娘である姪の黒村晴美には懐かれる。

戦時下で物資が不足し、配給も乏しくなる一方、すずは持ち前のユーモアと生活の知恵で、食料に乏しい日々を乗り切り、次第に北條家やその近所の人々に受け入れられていく。

一方すずは、栄養不足が原因でなかなか子供ができないことに悩んでいた。

そんなある日、すずは闇市からの帰り道で偶然知り合い友達のような間柄になった遊女、白木リンが、かつて周作の別れた元恋人であったことに、幾つかの断片的な状況から想像力を膨らませることで勘づく。

すずは自分が、周作にとってリンの代用品なのではないかという疑念に苛まれるようになる。

そんなすずの元を、かつて互いに憎からず想う相手だった幼馴染、水原哲が訪れるが、すずは自分の心が既に周作に向いていることを改めて自覚すると共に、余計な気を回して水原と自分を引き合わせようとした周作に対して疑念を深める。

すずは遊郭までリンに会いに行くが会えず、討ち入りと勘違いされて追い返されそうになるものの、対応してくれた病床の遊女テルを得意の絵で励ます。

後日、すずは桜の花見で再会したリンから、テルはあの直後に亡くなったと聞かされる。

リンはすずに、秘密を他人に知られることなく独り占めにして死ぬのも一種の贅沢だ、という旨の死生観を語る。

やがて日本の戦況が劣勢になり、軍港の街である呉は1945年(昭和20年)3月19日を境に、頻繁に空襲を受けるようになる。

それでもすずは、戦時下の日常を明るく過ごそうとするが、同年6月22日の空襲で、通常爆弾に混ぜて投下されていた時限爆弾(地雷弾)の爆発により、すずは目の前で晴美を亡くし、自らも負傷により右手を失ってしまう。

意識が戻ったすずは、晴美を守れなかったことを径子に責められる。絵を描くための右手を失ったすずが認識する世界は、左手で描いた漫画のように歪んで見えるようになり、同時にすずは、人の死が日常となったこの世界に順応しつつある自分こそが歪んでいるのだという思いを抱く。

同年7月1日の空襲では呉市街地が焼け野原となり、郊外にある北條家にも焼夷弾が落下する。

見舞いにきた妹のすみは、江波のお祭りの日に実家に帰ってくるように誘う。

周作との間柄も、リンに対する嫉妬でぎくしゃくしており、すずは北條家での居場所を失いつつあった。

一度は広島に戻ることを決断するすずであったが、帰りの汽車に乗る予定であった当日の8月6日の朝、すずは径子と和解して翻意し、北條家に残ることを決意する。

結果としてすずは、その日に広島市へと投下された原子爆弾による被爆を免れるが、爆心地から約20キロメートル離れた北條家でも閃光と衝撃波が響き、故郷の広島方面から立ち上る巨大な雲を目撃する。

8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは家を飛び出し泣き崩れる。それまで正義の戦争と信じていたものの正体が、ただの暴力に過ぎなかったことに思い至ったすずは、何も知らないまま死にたかったと独白する。

11月、すずは周作の案内で呉の市街地に出かけ、かつてリンのいた遊郭が空襲によってひとたまりもなく破壊されているのを目の当たりにし、秘密ではなくなってしまったリンとの関係とその過去に想像を巡らせる。

12月、すずは呉の軍港で、軍艦が好きだった晴美が死の直前に覗き見ようとした先に、水原の乗艦であった軍艦(重巡洋艦青葉)の残骸を見かけ、その傍に佇む水原を見かけるが、話しかけることなく去り、自分がこの世界でもう会えない人たちの記憶の器として在り続けるという決意をする。

翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、草津にある祖母の家に身を寄せていたすみと再会。

すずの両親は既に亡くなっており、すみには原爆症の症状が出ていたが、治らなければおかしいと彼女を励ます。

廃墟のようになった広島市内で、すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉の北條家に戻る。

空襲に怯える必要がなくなった呉の夜には街の灯りが戻っていた。


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