持ち家か賃貸か儲かるのはどっち?

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持ち家か賃貸か儲かるのはどっち?

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持ち家か賃貸か儲かるのはどっち?

日本において「持ち家」か「賃貸」かという議論は、永遠に続く神学論争のようなもの。

だが、こうした不動産をめぐる論争にもそろそろピリオドが打たれつつある。

背景にあるのは、人口減少に伴う都市部への集約化と不動産価格に対する考え方の変化である。

持ち家は投資?それとも夢の実現?

住宅を購入するという経済行為と、住宅を借りるという経済行為は、本来、まったく異なる性質のものであり、同一次元で比較することはできない。だが日本では「持ち家」か「賃貸」かという論争が延々と行われてきた。

住宅を所有することは資産に対する支出であり、一方、住宅を借りるのは消費支出ということになる。

企業の財務諸表でいえば、持ち家はバランスシート(B/S)に計上され、賃貸住宅への支出は損益計算書(P/L)に計上される。

どのような理由であれ、資産を取得することは「投資」に該当するので、本来なら、投資案件として成功するのかが、すべての評価基準となる。

一方、賃貸の場合には純粋な「消費」なので、支出に対して十分な効用が得られているかで判断するのがスジといえるだろう。

答はとてもシンプルで、株や債券と同様、投資によって「儲かったかどうか」である。

つまり、不動産の値上がり益や賃貸に出して得られる収益が取得コストを大きく上回れば成功、下回れば失敗である。

自己居住用物件の場合、賃貸に出すわけではないが、仮に賃貸に回した時にどのくらいの家賃になるのかは、近隣の相場を見ることで、ある程度、推測できる。

自分で住んだ場合、家賃を払わなくてもよいので、浮いた家賃分は仮想的な収入と考えることができる。

この金額と取得金額を比較することで、最終的な投資損益を判断できるはずだ。

こうした見解について「住宅は儲けるために買うのではない」と感じた読者の方も多いだろう。

確かにマイホームに関して「家族の夢を実現する」「ステータスを得る」「安心感を得る」といった別の要素が絡むことについては筆者も否定しない。

だが、マイホームにこうした投資以外の要素を数多く盛り込むことができたのは、日本の不動産市場に存在していたひとつの商習慣のおかげである。

逆にいえば、この商習慣がなくなってしまうと、不動産に投資以外の要素を持ち込むことが極めて難しくなってしまう。

 

日本には土地神話というものがある。

土地が持つ価値は不変と考えられており、金融機関も長く土地担保主義を採用してきた。土地を担保にした従来型の金融システムと再調達価格をベースにした算定方法は非常に相性が良かったのである。

ところが近年、こうした前提条件が音を立てて崩れ始めている。

背景にあるのは、人口減少とそれに伴う人口動態の変化である。

人口が減少するということは、同じ人口分布のまま人数だけが減るとことを意味していない。

人口が減ってくると、より便利な場所に向かって人が移動することになり、人口動態が大きく変わってしまうのだ。

このところ郊外の不動産を中心に価格破壊が進んでおり、かつては高いブランド力を誇っていたエリアでも、かなり値段を下げないと家が売れないという状況が続出している。

駅から遠く、不便で人口が増えない場所にある不動産は、今後、ほとんど価値がなくなってしまうだろう。

「嗜好品」として買うには高すぎる

では、こうした新しい時代において不動産価格はどう評価されるのだろうか。

それは収益還元という方法になる。

収益還元の場合、不動産はあくまで収益物件として認識され、転売したときにいくらになるのか、貸した時にいくらの賃料が取れるのか、買い手やテナントはどの程度いるのかといった、ビジネス的要素だけで価格が決まる。

収益還元の世界では、中心部からの距離によって価格が変化するのみならず、同じエリアに建っている物件でも価格が大きく変わる。

以前であれば、駅から遠い新築物件と、駅近の中古物件であれば、新築物件の方が高かったかもしれない。

だが収益還元ではこれが逆転する可能性がある。賃貸需要の有無が価格の決め手になるので、中古物件であっても、駅に近い便利な物件の価格は高くなるからだ。

収益還元は諸外国では標準的な手法であり、米国では、通りひとつ隔てた場所にある、似たような物件の価格が2倍も違うということはザラにある。

場所の条件が少し悪かっただけで、価格が大幅に下落するという現実に直面した時、マイホームに対して「夢の実現」といった嗜好品的要素を持ち込める人はどれくらいいるだろうか。

今後、年金給付の減額は確実とされており、老後の生活はますます苦しくなる。優良な不動産を持っている人なら、リバースモーゲージ(自宅不動産を担保に老後資金を借り入れ、死亡した時に家を銀行に提供することで返済したと見なす商品。つまり借りたお金は返済する必要がなく、好きに使える)など、不動産金融商品を活用して生活を豊かにすることもできる。

こうした金融商品の対象となるのは、収益力のある物件だけである。

よほど経済的に余裕がない限り、嗜好品として家を買うことは難しくなるはずだ。

基本的な考え方として「持ち家」か「賃貸」か、ではなく、儲かる物件を見つけ出せるかが重要になる。

収益力のある物件なら、ライフスタイルが変わって売るにしても、取得金額を大きく下回ることはない(場合によっては高くなることもあるだろう)。

そうした物件に出会えないのなら、無理して不動産を買う必要はまったくないと筆者は考える。

逆にいえば、これぞと思える物件を目にしたのなら、迷わず購入すればよい。実際に筆者はそうしている。

住宅の取得については、米国人の考え方が非常に参考になる。

米国は人種のるつぼで多様性があり、ライフスタイルもさまざまだが、こと住宅に関してはそうではない。

米国の住宅は、広さや住設機器のグレードの違いはあるが、基本的にどの家もまったく同じ作りをしている。

一般的な米国人にとって住宅というのは最大の投資対象である。

住宅を買って自身で住み、価格が上がったら売却して次の家に住み替える、あるいは2件目を購入してひとつを賃貸に回すというのはごく当たり前だ。

子供が独立して家族が減ると、今度は小さい家に住み替え、差額を生活費に充て、老後の生活を楽しむ人もいる。

賃貸に出したり、売却したりするとなると、個性的なデザインや間取りの家は不利になるため、米国の家は皆、金太郎飴だ。

しかも収益還元の考え方が徹底しており、築年数はほとんど価格に関係しない。

米国の住宅が日本と比べて質が高く、長持ちするという要因はあるが、築100年の木造住宅でも当たり前のように売買が行われている。

むしろガレージ・スペースの大小やベース(いわゆる地下室)の有無など、使い勝手によって価格が変わるという側面が強い。

不動産で失敗しないために…

この話について「日本と米国は環境が違うのだから…」とは考えないで欲しい。

価格の算定方法が同じになれば、評価基準も同じようになる可能性が高いからだ。

例えば日本でも、マンションにおける敷地の使い方は、今後、売買価格に大きく影響してくる可能性がある。

利便性の高いエリアにはすでに多くのマンションが建設されており、新規に建設されるマンションはよほど高額でなければ敷地の条件が悪くなる。

一方、昔に建てられた中古マンションは、建物こそ古いものの、敷地に対して余裕を持って建てられていることが多い。

日本は急速に高齢化が進んでいるので、今後、介護施設の送り迎えのためのクルマが出入りしたり、廊下を車椅子や杖で移動したりする高齢者が増えてくる。

こうした時代において、自動車の取り回しが難しい物件や、きつい階段がある物件、共用部分が狭い物件、ゴミ出しのエリアが狭く屋根がかかっていない物件などは、高齢者が入居しにくい。

人数比を考えると圧倒的に高齢者が多いという現実を考えた場合、余裕のある作りをしている中古マンションと、ギリギリの条件で建設されたピカピカの新築マンションの価格が逆転する可能性も十分にあり得るのだ。

このところ首都圏を中心に不動産価格が上昇しており、一部からはバブル化を懸念する声も聞かれる。

だが、不動産購入の是非が投資収益で決まるのなら、相場の成り行きを予想するよりも、収益性の高い物件を探すことに労力を費やした方がずっと効率的である。

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