最近、スーパーや飲食店、駅、ショッピングモールで「本当にこの親、大丈夫か?」と思う場面に遭遇することが増えた。
子供が走り回っていてもスマホを見続ける親。
他人に迷惑をかけても注意しない親。
公共の場で騒いでも「子供だから仕方ない」で済ませる親。
正直、私は何度も疑問に思った。
「子供を産む前に、“育てる覚悟”はあったのか?」
もちろん、子育ては大変だ。
24時間気が抜けないし、理想通りにならない。
親だって人間だから、疲れる日もある。
しかし、それでも「最低限の管理」すら放棄しているように見える親が増えているのも事実だと思う。
そして、そのツケを払わされるのは周囲だけではない。
最終的に苦しむのは、管理されずに育った子供本人だ。
今回は、「子供の管理ができない親」「産んだ後の覚悟もないのに子供を作る親」について、実際に感じたことや、社会全体の問題として思うことを書いていきたい。
「子供だから仕方ない」で済ませる親が増えた
「叱らない育児」を勘違いしている親
最近よく見るのが、“叱らない育児”を履き違えている親だ。
叱らない=自由にさせる
ではない。
本来の叱らない育児は、
感情的に怒鳴らず、子供に理解させる教育のことだと思う。
しかし現実には、
・店の商品を触りまくる
・飲食店で走り回る
・人にぶつかっても謝らない
・電車で騒いでも放置
こうした状況でも親が何もしないケースを何度も見てきた。
しかも、注意されると逆ギレする親までいる。
「子供なんだから仕方ないじゃないですか」
いや、違う。
子供だからこそ、親が管理しなければいけないのではないか。
私はそう思う。
スマホ育児が当たり前になった
昔と今で大きく違うのは、親側が常にスマホを持っていることだ。
もちろん、スマホ自体が悪いわけではない。
育児情報を調べたり、連絡したり、便利な面も多い。
しかし現実には、
・子供を見ずにSNS
・イヤホンを付けたまま育児
・子供より動画視聴優先
こういう親を見かける機会が本当に増えた。
子供は親に見てもらいたい生き物だ。
しかし、親の視線はスマホに向いている。
その結果、
「注目してほしい」
「かまってほしい」
という気持ちが暴走し、問題行動につながるケースもあると思う。
子供を作ることと、育てることは全く違う
「可愛いから欲しい」だけでは無理
これはかなり厳しい意見かもしれない。
しかし私は、
「子供が欲しい」という感情だけで親になる人が多すぎると感じている。
赤ちゃんは確かに可愛い。
SNS映えもする。
家族写真も幸せそうに見える。
でも現実は違う。
・夜泣き
・金銭負担
・自由時間消滅
・精神的ストレス
・教育責任
こうした現実が何年も続く。
子供はペットではない。
アクセサリーでもない。
“人生を背負う存在”だ。
そこまで覚悟して親になっている人が、どれだけいるのだろうか。
「産めば何とかなる」は無責任
日本では時々、
「産めば何とかなる」
という空気がある。
しかし、実際には何とかならず、
放置・ネグレクト・虐待につながるケースもある。
厚生労働省でも児童虐待に関する統計が公開されている。
厚生労働省 児童虐待相談対応件数について
虐待というと極端に聞こえるかもしれない。
しかし、
「子供を見ていない」
「危険を放置する」
「精神的に無関心」
これも広い意味では非常に危険だと思う。
子供は勝手には育たない。
親が向き合わなければ、
人格形成にも大きな影響が出る。
「自由に育てる」と「放置」は別物
管理しないことを“個性尊重”と言い換える危険
最近は「個性を尊重する」という言葉が増えた。
もちろん、それ自体は大切だ。
しかし一部では、
親としての責任放棄を“個性”で正当化しているようにも見える。
例えば、
「この子は元気だから」
「縛りたくない」
「自由にさせたい」
と言いながら、
周囲への迷惑を止めない。
これは自由ではない。
ただの放置だ。
自由には責任が伴う。
そして、その責任を教えるのが親の役割だと思う。
子供は「善悪」を自然には理解できない
大人は忘れがちだが、
子供は最初から社会ルールを理解しているわけではない。
だからこそ、
・人に迷惑をかけない
・危険な行動をしない
・順番を守る
・謝る
これらを繰り返し教える必要がある。
それを面倒くさがって放置すれば、
当然、子供は学ばない。
そして大きくなってから、
本人が苦しむ。
社会で浮き、
人間関係で失敗し、
最終的に「育てられ方」の影響を背負うことになる。
「親なら偉い」という風潮にも違和感がある
子供を産んだだけで立派なのか?
もちろん、出産も育児も大変だ。
しかし私は、
「親だから偉い」
という空気には疑問を感じる。
大切なのは、
産んだことではなく、
どう育てるかではないだろうか。
実際、子供をしっかり見ている親もいる。
周囲に気を配り、
子供にも丁寧に説明し、
迷惑をかけたら謝る。
そういう親を見ると、
本当にすごいと思う。
逆に、
何も管理せず、
責任も取らず、
「子供だから」で済ませる親を見ると、
親という立場に甘えているように感じる。
「親も大変だから」で全て許されるのか
育児が大変なのは理解できる。
だが、
大変だから他人に迷惑をかけても仕方ない、
という理屈にはならない。
もちろん社会側も子育てを支えるべきだ。
しかし同時に、
親側にも責任はある。
そのバランスが崩れ、
「親は何をしても許される」
という空気になると、
結局は子育て世代そのものへの反感も強くなる。
それは真面目に育児している親にとっても不幸だと思う。
子供は親を見て育つ
言葉より「態度」を見ている
子供は驚くほど親を見ている。
・店員への態度
・他人への接し方
・謝り方
・マナー
全部見ている。
だから、
親が横柄なら子供も横柄になる。
親が無責任なら、
子供も責任感を学ばない。
「子供の性格だから」
では片付けられない部分は大きい。
結局、家庭環境の影響は強い。
「子供がかわいそう」と感じる瞬間
正直、
管理できない親を見た時、
私は親より先に子供が心配になる。
なぜなら、
その子は“教育される機会”を失っているからだ。
子供は環境を選べない。
親を選べない。
だからこそ、
親には責任がある。
しかし、その責任を理解せず、
感情だけで親になってしまう人がいる。
その結果、
苦労するのは子供だ。
これは本当に残酷だと思う。
まとめ
私は、
「子供の管理ができない親」
「産んだ後の覚悟もないのに子供を作る親」
に対して、強い違和感を持っている。
もちろん、完璧な親なんて存在しない。
失敗する日もある。
疲れて余裕がない日もある。
しかし、
最低限の責任すら放棄するのは違う。
子供を産むことは自由だ。
だが、
育てる責任から逃げていい理由にはならない。
そして、
親の無責任さは、
最終的に子供自身の人生へ返っていく。
だからこそ、
「子供が欲しい」という感情だけでなく、
・最後まで育てる覚悟があるか
・社会の中で責任を持てるか
・子供に向き合えるか
そこまで考えてから親になるべきだと私は思う。
厳しい意見に聞こえるかもしれない。
しかし、子供を本当に大切に考えるなら、
むしろ避けて通れない問題ではないだろうか。

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