『キングダム』を読んでいると、ふと疑問に思う。
羌瘣のような女剣士、楊端和のような女王、そして戦場で男の武将と同じように兵を率いる女性たちは、本当に古代中国にいたのか?
結論から言う。
女の武将は実在した。
ただし、ここで雑に「キングダムは全部史実!」と言い切るのは危険だ。そんなことを言った瞬間、歴史好きから静かに首を刎ねられる。
実際には、「中国史全体で見れば女性の軍事指揮官はいた」。しかし、「キングダムの時代、つまり春秋戦国から秦の統一時代に、漫画のような女性武将がいたと断定できるか」と聞かれると、答えはかなり慎重になる。
つまり、ロマンはある。
だが、史実はもう少し冷たい。
キングダムのように女の武将は実在したのか?
結論:女性武将は実在したが、キングダムの描写そのままではない
まず大前提として、中国史に女性の軍事指揮官は存在する。
有名な例でいえば、殷王朝の婦好、明代の秦良玉などがいる。婦好は王妃でありながら軍事行動に関わった人物として知られ、秦良玉は明代の女性軍人としてかなりはっきり史料に残っている。
だから、「女の武将なんて漫画だけの存在でしょ?」という見方は、かなり浅い。
女性が政治、軍事、宗教、財力を使って大きな影響力を持った例は、中国史にも普通にある。むしろ古代や中世のほうが、身分や血筋、領地、財産、王族との関係によって、現代人が思うよりもえげつない権力を握ることがあった。
ただし問題は、キングダムの時代だ。
『キングダム』の舞台は、秦王政、つまり後の始皇帝が中華統一へ進む春秋戦国時代末期である。この時代の史料として重要なのが『史記』だが、そこに登場する羌瘣や楊端和について、「女性だった」とは書かれていない。
ここが重要だ。
名前は史実にある。だが、女性設定は漫画の創作色が強い。
これを間違えると、「史実解説」のつもりが「願望発表会」になる。ネット記事でありがちな地獄だ。
キングダムの羌瘣は実在したのか?
羌瘣の名前は史記に出るが、女剣士とは書かれていない
『キングダム』の羌瘣は、飛信隊の副長であり、凄まじい剣技を持つ人気キャラクターだ。読者としては、史実でもあのまま存在していてほしいと思う。自分も正直、そうであってほしい派だ。
しかし史実はそこまで優しくない。
『史記・秦始皇本紀』には、羌瘣の名前が登場する。趙攻めに関わった人物として記録されているが、そこに「女性」「剣士」「蚩尤」「暗殺一族」などの記述はない。
つまり、羌瘣という人物の名前は史実にある。
だが、『キングダム』のような女性武将としての設定は、原作側の大胆な創作と見たほうがよい。
これは悪いことではない。
むしろ、史料に残るわずかな名前から、ここまで魅力的なキャラクターを作り上げた点が『キングダム』の強さだ。史実のスキマに物語を流し込む。これが歴史漫画の醍醐味である。
ただし、ブログで書くならここは切り分けたほうがいい。
「羌瘣は実在した」
これは言える。
「羌瘣は史実でも女性武将だった」
これは言い切れない。
この違いを曖昧にすると、記事の信用が一気に死ぬ。信用は一度死ぬと、だいたいゾンビにもなれない。
楊端和は史実でも女性だったのか?
楊端和も史記に出るが、山の民の女王とは確認できない
楊端和も『キングダム』では強烈な存在感がある。山の民を率いる美しき女王。戦場に出ても王としての迫力がある。漫画としては最高に映える。
だが、史実の楊端和はそこまでドラマチックには書かれていない。
『史記・秦始皇本紀』には、楊端和が王翦や桓齮とともに戦った記録がある。秦の将軍として登場することは確かだ。
しかし、楊端和が女性だった、山の民の王だった、美貌の女王だった、というような記述はない。
史実上は、普通に秦の将軍として扱われている。性別についても明記されていないが、当時の軍事指揮官として記録されている以上、基本的には男性と見るのが自然だろう。
もちろん、古代史には不明点が多い。だから「絶対に女性ではない」と断言しすぎるのも乱暴だ。
ただ、少なくとも現時点で使える史料からは、『キングダム』の楊端和のような女王像は確認できない。
ここもまた、史実と創作の境界線だ。
では本当に実在した女武将は誰か?
婦好:古代中国で実在が確認される強烈な女性軍事指揮官
女武将の実在を語るなら、まず外せないのが婦好だ。
婦好は、殷王朝の王・武丁の王妃の一人とされる人物で、甲骨文字や殷墟の発掘資料から存在が知られている。王妃でありながら、祭祀にも関わり、軍事行動にも関わったとされる。
この人物がすごいのは、ただの伝説上の女傑ではない点だ。
婦好墓からは多くの副葬品が見つかっており、武器も出土している。しかも殷墟は世界遺産にもなっている重要遺跡で、甲骨文字は中国最古級の文字資料として非常に価値が高い。
つまり婦好は、「後世の物語で盛られた女英雄」ではなく、考古学的にもかなり強い実在感を持つ女性だ。
キングダムの時代よりずっと古い人物ではあるが、「古代中国に女性の軍事指揮官がいたのか?」という問いに対しては、婦好の存在はかなり強い答えになる。
正直、ここまでくると「女武将なんていなかった」と雑に言うほうが無理がある。
秦良玉:正史に名を残した明代の女性将軍
もう一人、強烈なのが秦良玉だ。
秦良玉は明代の女性軍人で、『明史』に列伝があることで知られる。時代はキングダムよりはるか後だが、「中国史に女性将軍が存在したか」という意味では非常に重要な人物だ。
彼女は夫の死後、軍事的な役割を引き継ぎ、白杆兵と呼ばれる部隊を率いたとされる。反乱鎮圧や明朝防衛に関わり、単なる伝説上の女傑ではなく、かなり具体的に軍事活動が伝わっている。
ここがポイントだ。
女性が武器を持って戦った話は、世界中に伝説としていくらでもある。だが秦良玉の場合、正史に記録されている。これは重い。
「女性武将は本当に実在したのか?」という問いに対して、秦良玉はかなり分かりやすい答えになる。
ただし、こちらもキングダムの時代ではない。
キングダムの時代に近い話を探している人にとっては、少し時代が飛びすぎる。
それでも、「中国史に女性の武将がいた」という事実を示すには十分すぎる存在だ。
キングダムの時代に女性の有力者はいなかったのか?
武将ではないが、権力を持った女性はいた
ここで話を少し広げたい。
春秋戦国から秦の時代に、「女性の武将」がはっきり確認しにくいとしても、女性の有力者がいなかったわけではない。
たとえば、秦の始皇帝時代に近い人物として、巴寡婦清がいる。『史記・貨殖列伝』に登場する女性で、丹砂の利権を背景に巨大な財力を持っていたとされる人物だ。
彼女は武将ではない。
だが、財力によって自衛し、秦始皇からも特別に扱われたとされる。これはかなり異例だ。
戦場で剣を振るうタイプではないが、乱世において金と資源を握ることは、ある意味で軍事力に近い。古代の社会では、金を持つ者は兵を雇える。資源を持つ者は国に必要とされる。
つまり、キングダムのような「女性が前線で無双する」姿とは違っても、戦国から秦の時代に女性が大きな影響力を持つ余地はあった。
ここを入れると、記事としてかなり深くなる。
「女性武将はいなかった」で終わるより、「武将としては確認が難しいが、女性権力者は存在した」と書くほうが圧倒的に面白い。
なぜ歴史書に女性武将は少ないのか?
実在しなかったからではなく、記録されにくかった可能性もある
女性武将の記録が少ない理由は、単純に「女性が弱かったから」ではない。
古代中国の正史は、基本的に男性中心の政治記録だ。王、官僚、将軍、儒教的秩序、家系、王朝の正統性。こういうものを中心に書かれている。
そのため、女性が軍事や政治に関わっていたとしても、男性と同じように記録されるとは限らない。
もちろん、だからといって「記録がない女性武将も大量にいたはずだ」と言い切るのも危ない。証拠がないものを願望で埋めるのは、歴史ではなく二次創作である。
ただ、女性の活動が記録に残りにくかった可能性は考えるべきだ。
実際、婦好のように考古学資料から存在感が浮かび上がる人物もいる。文字史料だけでは見えないものが、墓や副葬品、甲骨文字によって見えてくることがある。
歴史は、書かれたものだけでできているわけではない。
だが、書かれていないことを好き勝手に盛っていいわけでもない。
この緊張感が、歴史記事ではかなり大事だ。
キングダムの女性武将は史実と創作のどちらで見るべきか?
漫画としては創作、歴史の入口としてはかなり優秀
『キングダム』の女性武将たちは、史実そのものというより、史実をベースにした創作キャラクターとして見るべきだ。
羌瘣や楊端和の名前は史料に出る。
しかし、女性としての設定やキャラクター性は、かなり漫画的に作られている。
だからといって価値が下がるわけではない。
むしろ、そこが『キングダム』の面白さだ。
史実では数行しか出てこない人物に、物語と感情と見せ場を与える。これが歴史漫画の力だ。歴史書をそのまま漫画にしたら、多くの読者は三ページで眠る。人間、悲しいほど正直だ。
キングダムは、史実の骨組みにエンタメの肉をつけている。
その肉がかなり厚いだけだ。
そして、その肉があるからこそ、読者は「本当にいたのか?」と調べ始める。これは歴史への入口としてはかなり強い。
史実ベースで見る女性武将の結論
「いた」と言える。ただしキングダムの時代は慎重に見るべき
最終的な結論はこうだ。
キングダムのような女の武将は、本当に実在したのか?
答えは、中国史全体で見れば実在した。
婦好のように古代中国で軍事的役割を持った女性はいた。秦良玉のように、後世の正史に軍人として名を残した女性もいた。だから、「女武将は完全にフィクション」というのは間違いだ。
ただし、『キングダム』に登場する羌瘣や楊端和が、史実でも女性だったとは言い切れない。
ここはかなり重要である。
キングダムの女性武将は、史実と創作の混合物だ。史実に名前がある人物もいるが、女性設定や性格、戦い方まで史実と考えるのは危険だ。
だから一番正確な答えは、こうなる。
女性武将は実在した。だが、キングダムの女性武将がそのまま史実だったわけではない。
この距離感で読むのが一番面白い。
史実を知ると、漫画がつまらなくなるどころか、むしろ面白くなる。
「ここは史実」「ここは創作」「ここは作者の解釈」と分けて読むと、キングダムの作り方のうまさが見えてくる。
ただ剣を振るうだけの女キャラではなく、史実の空白を利用して物語を広げている。そこが強い。
参考一次情報・史料リンク
史記・秦始皇本紀
羌瘣、楊端和の名前を確認するなら、中国哲学書電子化計画の『史記・秦始皇本紀』が参考になる。
史記・秦始皇本紀|Chinese Text Project
史記・貨殖列伝
秦の時代に近い女性有力者として、巴寡婦清を見るなら『史記・貨殖列伝』が参考になる。
史記・貨殖列伝|Chinese Text Project
殷墟・甲骨文字
婦好の時代背景や殷墟の重要性を見るなら、UNESCOの殷墟ページが参考になる。
Yin Xu|UNESCO World Heritage Centre
婦好墓
婦好墓の出土品や軍事的役割を確認するなら、Smarthistoryの解説が読みやすい。
War and Sacrifice: The Tomb of Fu Hao|Smarthistory
明史・秦良玉列伝
秦良玉については『明史』列伝が基本資料になる。
明史・列傳第一百五十八|Chinese Text Project
まとめ:女武将は実在した。ただし漫画と史実は分けて読むべき
キングダムのような女性武将は本当にいたのか。
この問いに対する答えは、単純なイエスでもノーでもない。
中国史全体で見れば、女性の軍事指揮官は実在した。婦好や秦良玉の存在を見れば、「女武将は全部作り話」とは言えない。
一方で、羌瘣や楊端和が『キングダム』のような女性武将だったと断定することもできない。史料に名前はあっても、女性だったとは確認できないからだ。
つまり、正しくはこうだ。
女武将は実在した。
しかし、キングダムの女性武将は史実そのものではなく、史実をもとにした強い創作である。
ここを押さえて読むと、キングダムはもっと面白くなる。
史実の冷たさと、漫画の熱さ。
その間にある余白こそが、歴史漫画のいちばんおいしい部分だ。

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