「ひな人形で左大臣と右大臣がいるけど、結局どっちが偉いの?」
「名前だけ見ると右のほうが強そうでは?」
そんな疑問を持った人は多いはずです。
実は結論からいうと、左大臣のほうが右大臣より格上です。しかもこれは単なる“名前の順番”ではなく、中国思想や朝廷の政治システム、さらには天皇との位置関係まで深く関係しています。
ただし、「左が上」という感覚は現代日本人には少し直感とズレています。なぜなら現在では「右腕」「右に出る者はいない」など、“右”が優秀なイメージを持つ場面が多いからです。
ではなぜ昔の日本では“左”が上だったのでしょうか?
この記事では、左大臣と右大臣はどちらが偉いのかをはじめ、役割の違い、なぜ左が上なのか、ひな人形との関係までわかりやすく解説します。
左大臣と右大臣はどっちが偉い?
結論からいうと、左大臣のほうが右大臣より偉いです。
朝廷における序列は基本的に以下の順番でした。
太政官の序列
- 太政大臣
- 左大臣
- 右大臣
- 内大臣
つまり左大臣は、太政大臣がいない場合には事実上のトップクラスでした。
右大臣も非常に高い地位ですが、左大臣の補佐的な立場として扱われることが多く、序列では一段下になります。
左大臣は現代でいう「総理大臣級」
左大臣は国家運営の中心人物でした。
政治全体を統括し、天皇を補佐する超重要ポジションであり、現在で例えるなら総理大臣や副総理クラスに近い存在です。
平安時代では、藤原氏など有力貴族が左大臣に就任し、政治の実権を握るケースも珍しくありませんでした。
右大臣も十分エリート
「じゃあ右大臣は格下で弱いのか」というと、もちろんそんなことはありません。
右大臣も朝廷最高幹部です。
現代でいえば国家中枢の超エリート官僚や大臣クラスであり、普通の貴族では到底なれない地位でした。
つまり、
- 左大臣=超トップ層
- 右大臣=トップ層
というイメージです。
なぜ左大臣のほうが偉いのか?
ここが多くの人が気になるポイントでしょう。
なぜ“左”のほうが格上だったのか。
その理由は、中国から伝わった思想と、天皇から見た位置関係にあります。
中国では「左」が上位だった
古代中国では、左が上位・右が下位という考え方がありました。
日本の律令制度は中国の影響を強く受けていたため、この価値観もそのまま取り入れられています。
当時の中国では、
- 左=陽
- 右=陰
という陰陽思想があり、陽のほうが格上とされる傾向がありました。
そのため、政治の世界でも左側の役職のほうが上位とされたのです。
天皇から見た「左」が重要だった
もうひとつ重要なのが、天皇から見た位置です。
天皇は南を向いて座るとされていました。
すると天皇から見て東側が左、西側が右になります。
古代中国では東は太陽が昇る神聖な方向とされ、格が高いと考えられていました。
つまり、
- 左=東=格式が高い
- 右=西=左より下
という価値観が成立していたのです。
現代感覚とは逆なので混乱しやすい
現代では、
- 右腕
- 右に出る者はいない
- ライトハンド
など、“右”に強いイメージがあります。
そのため「右大臣のほうが強そう」と感じる人が多いのです。
しかし古代日本では、中国文化の影響によって「左が上」が常識でした。
左大臣と右大臣の役割の違い
左大臣と右大臣は、どちらも朝廷政治を支える重要ポジションですが、担当する業務にも違いがありました。
左大臣の役割
左大臣は政治全般の統括役です。
特に重要案件や国家運営の中心に関わることが多く、実質的なナンバー2として機能しました。
場合によっては太政大臣以上に権力を持つケースもあります。
右大臣の役割
右大臣は左大臣を補佐しつつ、政治や行政を支える役割を担いました。
朝廷全体を支える高官であり、重要な政務に参加します。
ただし最終的な序列では左大臣に一歩及びません。
実際は権力者次第だった
ただし、実際の政治では「役職=権力」とは限りません。
たとえば藤原道長のように、正式な肩書以上の実権を持つ人物もいました。
そのため、
- 左大臣だから絶対最強
- 右大臣だから弱い
という単純な話ではなく、時代背景や人物の影響力も非常に大きかったのです。
左大臣と右大臣はひな人形でも有名
多くの人が左大臣・右大臣を知るきっかけは、ひな祭りのひな人形ではないでしょうか。
ひな人形では老人と若者
ひな人形では、
- 左大臣=白いひげの老人
- 右大臣=若い男性
として表現されることが多いです。
「偉いほうが老人」というイメージで覚えている人も多いでしょう。
左大臣のほうが年上で位が高い
ひな人形では、左大臣は経験豊富な重臣として描かれます。
一方、右大臣は比較的若く武官的なイメージです。
これは「左大臣のほうが格上」という伝統的な序列を表しています。
配置が逆になることもある
ただし現代のひな人形では、地域や流派によって左右の並びが異なる場合があります。
これは明治以降、西洋式の並び方の影響を受けたためです。
そのため、
- 京都式
- 関東式
などで配置が違うことがあります。
左近の桜・右近の橘も同じ考え方
実は「左が上」という考え方は、左大臣・右大臣だけではありません。
京都御所には、
- 左近の桜
- 右近の橘
があります。
これも天皇から見た左右で決まっています。
つまり昔の朝廷文化では、「左」と「右」は単なる方向ではなく、政治や格式を示す重要な概念だったのです。
左大臣と右大臣に関するよくある疑問
左大臣より上はいる?
います。
最高位は太政大臣です。
ただし太政大臣は常設ではなく、空席の時代も多くありました。
そのため実務上は左大臣がトップになるケースも珍しくありません。
武士の時代でも左大臣は重要?
重要でした。
武家政権の時代になっても、朝廷の官位として左大臣・右大臣は存在しました。
ただし、実際の政治権力は将軍側に移っていきます。
現代にも左大臣・右大臣はある?
現在の日本政府には存在しません。
これは律令制時代の官職であり、近代国家への移行とともに廃止されました。
まとめ
左大臣と右大臣では、左大臣のほうが格上です。
その理由は、
- 中国思想で「左が上位」だった
- 天皇から見て左=東側だった
- 東は神聖で格式が高かった
という歴史的背景にあります。
現代では“右”が強そうに感じますが、古代日本では逆でした。
また、左大臣も右大臣も超エリート官職であり、どちらも国家中枢を担う重要人物です。
ひな人形や歴史ドラマで見かける存在ですが、その背景を知ると、日本文化や朝廷の仕組みがより面白く見えてきます。
今後ひな祭りを見るときも、「実は左大臣のほうが偉いんだな」と思い出すと、歴史が少し身近に感じられるでしょう。

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