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なぜ人間は虫を拒絶する者が多いのか?「気持ち悪い」の正体を進化心理学・都市化から徹底解説

ゴキブリが部屋に出ただけで叫ぶ。小さなクモが壁にいるだけで、その部屋に入りたくなくなる。ところが犬や猫なら、自分から触りにいく人も多い。

冷静に考えると、かなり奇妙ではないだろうか?

人間を襲う可能性だけで考えれば、大型動物のほうが危険な場合もある。それなのに、数センチしかない虫を見ただけで体が固まる人は珍しくない。

私は以前から、この反応には少し違和感があった。「虫が嫌いだから」で終わらせるには、反応が強すぎるからだ。

では、なぜ人間は虫を拒絶する者が多いのか?

研究を見ると、単純に「見た目が気持ち悪いから」では説明できない。人間が病気や寄生虫を避けるために持っている嫌悪感、危険を大きめに判断する仕組み、さらに現代の都市生活まで関係している可能性がある。

つまり虫嫌いは、単なるわがままではない。

ただし、生まれつきすべての虫が嫌いになるよう決められているわけでもない。ここが、この問題のおもしろいところだ。

目次

なぜ人間は虫を拒絶する者が多いのか?

虫への反応は「恐怖」だけではなく「嫌悪」が大きい

虫嫌いを考えるとき、まず「怖い」と「気持ち悪い」を分けたほうがわかりやすい。

たとえばスズメバチなら、

「刺されたら危険だ」

という恐怖がある。

一方、部屋に小さなゴキブリが出たときはどうだろう。

実際に襲われると思っている人は少ない。それでも、

「触りたくない」
「近くに来てほしくない」
「同じ部屋にいるだけで嫌だ」

と感じる。

こちらは恐怖というより嫌悪感に近い。

嫌悪感は、人間が病原体や寄生虫などから距離を取るために進化した心理的な仕組みではないかと考えられている。腐った食べ物、排せつ物、傷口などを見て「近づきたくない」と思うのも同じ方向の反応だ。

Royal Societyに掲載された研究でも、嫌悪は感染リスクを避けるための行動と深く関係すると説明されている。

参考:
The structure and function of pathogen disgust
Disgust as an adaptive system for disease avoidance behaviour

虫を見た瞬間の「うわっ」という反応は、理性で危険度を計算してから出ているわけではない。

体が先に拒絶しているのである。

人間は危険を少し大げさに判断したほうが生き残りやすかった

ここで疑問が出る。

危険ではない虫まで嫌う必要があるのだろうか?

おそらく、そこまで正確である必要がなかった。

たとえば目の前に見たことのない虫がいるとする。

A「たぶん安全だろう」

B「よく分からないから触らないでおこう」

昔の環境なら、生き残る確率が高かったのはBだった可能性が高い。

安全な虫を間違って避けても、大きな損失にはならない。しかし、病気を運ぶ虫や毒を持つ生物を「安全」と間違えて触れば、代償は大きい。

そのため人間の心理には、よく分からない対象を少し危険側に判断する仕組みがあると考えられている。

これは進化心理学では「エラーマネジメント」という考え方で説明されることがある。

要するに、

「安全なものを危険と間違える」より、「危険なものを安全と間違える」ほうが困る。

だから、とりあえず避ける。

虫に対する過剰とも思える拒絶反応には、この仕組みが関係している可能性がある。

都会に住むほど虫が嫌いになる可能性がある

日本人1万3000人を調べた研究が興味深い

ここから話が少し変わる。

虫嫌いがすべて進化だけで決まるなら、昔の人も現代人も、田舎の人も都会の人も、同じ程度に虫を嫌うはずだ。

ところが、そう単純ではない。

東京大学の深野祐也氏と曽我昌史氏は、日本全国の20~79歳、約1万3000人を対象に大規模な調査を行った。

研究では、

  • 子どものころ住んでいた場所の都市化度
  • 現在住んでいる場所
  • 虫を屋内と屋外のどちらで見ることが多いか
  • 虫の種類を見分ける知識
  • 虫に対する嫌悪感

などが調べられている。

その結果、都市化と虫への嫌悪感には関係があることが示された。

一次資料:
Why do so many modern people hate insects? The urbanization–disgust hypothesis

これはかなりおもしろい結果だ。

虫が多い田舎より、虫を見る機会が少なそうな都会で虫嫌いが強くなる可能性があるからだ。

家の中で見る虫は「汚い」と感じやすい

理由の一つとして考えられているのが、虫を見る場所である。

花畑を飛んでいるチョウと、台所を歩いている虫。

同じ「虫」でも、印象はまるで違う。

屋外に虫がいるのは自然だ。しかし、食事をする場所、寝る場所、風呂場などに虫が入ってくると、人間は衛生上の問題と結びつけやすくなる。

都市化が進むと自然の中で虫を見る機会が減り、逆に「虫との遭遇=家の中」という経験の割合が高くなる可能性がある。

すると、



家に侵入するもの

不衛生

排除したい

という連想が作られやすくなる。

ゴキブリへの嫌悪が異常なほど強くなりやすいのも、この説明ならかなり納得できる。

虫を知らないことが、虫嫌いを強める可能性もある

種類を区別できないと「全部危険」に見えてくる

もう一つ重要なのが、知識だ。

子どものころから虫を捕まえていた人なら、

「これはカナブン」
「これはテントウムシ」
「これは危険ではない」

と区別できる。

しかし虫とほとんど接触しない生活を送っていると、

「黒い虫」
「飛ぶ虫」
「脚がたくさんある何か」

くらいの分類になってしまう。

こうなると危険な種類と安全な種類を見分けられない。

分からない。

だから避ける。

先ほどの日本人約1万3000人を対象とした研究でも、都市化による自然史的な知識の減少が、より広い範囲の虫への嫌悪につながる可能性が示されている。

私は、この説明がかなり大きいと思う。

人間は正体が分かるものには比較的冷静になれる。しかし、「何か分からない小さな生物」が突然高速でこちらへ飛んでくれば話は別だ。

人類の理性など、その瞬間には意外と頼りない。

虫の見た目そのものも拒絶感につながる

人間とは違いすぎる体の形をしている

虫には人間や哺乳類とは大きく違う特徴がある。

6本の脚、触角、外骨格、複眼、節のある体などだ。

さらに日常語の「虫」には、クモやムカデなど昆虫以外の小型動物まで含まれることが多い。

研究では、クモの場合、腹部の大きさ、口器、体毛などの特徴によって恐怖や嫌悪の評価が変わることも報告されている。

一次資料:
What Makes Spiders Frightening and Disgusting to People?

もちろんクモは昆虫ではない。

それでも「人間から大きく離れた体の形を持つ小型節足動物を、なぜ気持ち悪いと感じるのか」を考える材料にはなる。

犬なら目、鼻、口、脚など、人間にも理解しやすい部分がある。

虫はかなり違う。

何を考えているのか分からないどころか、どこを見ているのかすら分かりにくい。

かわいいと思えと言われても、なかなか難しい相手ではある。

虫嫌いは生まれつきなのか?

「人間は本能的に虫が嫌い」と断定するのは乱暴

ここまで読むと、

「結局、人間は本能的に虫を嫌う生き物なのか」

と思うかもしれない。

しかし、そこまで単純ではない。

嫌悪感そのものには進化的な基盤があると考えられているが、「ゴキブリだから必ず嫌う」「カブトムシだから平気」といった細かい対象まで最初から決まっているわけではない。

嫌悪感の発達についての研究では、経験や周囲からの学習も重要だと考えられている。

参考:
Evolution, Development, and the Emergence of Disgust

子どもは平気で虫を触っているのに、大人になると触れなくなる。

そんな例は珍しくない。

親が虫を見て毎回悲鳴を上げていれば、

「これは危険なものなんだ」

と子どもが学習することも考えられる。

逆に、小さいころから虫捕りをして種類や特徴を知っていれば、必要以上に恐れなくなる可能性もある。

つまり虫嫌いは、

生物として持っている警戒システムの上に、生活環境や経験が積み重なって作られる。

そう考えるのが自然だ。

なぜカブトムシは平気なのにゴキブリは嫌われるのか?

人間は「虫」という分類だけで判断していない

ここまでの話を使うと、日本ではカブトムシが人気なのにゴキブリが極端に嫌われる理由も見えてくる。

カブトムシは、

  • 森にいる
  • 子どものころから名前を知っている
  • 図鑑や玩具に登場する
  • 飼育する文化がある

といった経験と結びついている。

一方、ゴキブリは、

  • 家の中に突然現れる
  • 食品のある場所にも出る
  • 夜間に素早く移動する
  • 「不衛生」というイメージが強い

という条件がそろっている。

同じ虫でも、人間側の受け取り方がまったく違うのである。

実際、虫に対する感情は種類によってかなり異なる。昆虫やその他の節足動物を一括して「人間は全部嫌い」とする説明では足りない。

現代人の虫嫌いは今後さらに強くなるのか?

自然との接触が減ると悪循環になる可能性がある

少し気になるのはここだ。

都市化によって虫との接触が減る。

虫の名前が分からなくなる。

正体が分からないから嫌う。

嫌いだから自然に近づかなくなる。

さらに虫を見る機会が減る。

この悪循環が起こる可能性が指摘されている。自然に対する嫌悪や恐怖が自然との接触を減らし、その結果としてさらに自然への否定的感情が強くなる現象は「biophobia」の悪循環として研究されている。

虫への否定的感情が強すぎると、生物多様性の保全にも影響する可能性がある。

2023年に発表された深野氏らのレビューでも、虫に対する恐怖・嫌悪と昆虫保全の関係が議論されている。

一次資料:
Evolutionary psychology of entomophobia and its implications for insect conservation

虫を好きになる必要はない。

ゴキブリが出て喜ぶ必要など、もっとない。

しかし「虫は全部気持ち悪い」と一括りにしてしまう感覚は、自然そのものとの距離が広がった現代社会が作っている部分もありそうだ。

まとめ|人間が虫を拒絶するのは「本能」と「現代生活」が重なった結果

なぜ人間は虫を拒絶する者が多いのか。

研究から考えると、理由は一つではない。

人間には、病気や寄生虫などを避けるための嫌悪感がある。危険かどうか分からない対象については、安全側に逃げるよう判断する傾向も考えられる。

そこへ現代の都市生活が重なる。

自然の中で虫を見る機会が減り、家の中で突然遭遇する。虫の種類を知る機会も減る。その結果、「よく分からない」「汚そう」「近づきたくない」という感覚が強くなっていく可能性がある。

つまり、

人間が虫を嫌うのは、本能だけでも文化だけでもない。進化によって作られた警戒心を、現代の生活環境がさらに強くしている可能性が高い。

そう考えると、子どもが楽しそうにカブトムシを持っている横で、大人が数メートル後退する奇妙な光景にも説明がつく。

子どものほうが無知だから平気なのか。

それとも、大人のほうが虫から離れすぎた結果、必要以上に怖がるようになったのか。

少なくとも「虫だから嫌い」で終わるほど、人間の嫌悪感は単純ではない。

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この記事を書いた人

30代ブロガー
いろいろあって苦労したことの備忘録
少しでも皆さまのお役に立てれば幸いです✨

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