ガソリン価格を見るたびに、「税金が高すぎる」と感じたことはないだろうか。
特に理解しにくかったのが、長年続いた「暫定税率」だ。
暫定とは、本来「一時的」という意味である。それなのに、ガソリンの暫定税率は1974年に始まり、約50年間も続いた。
50年続いても暫定。ここまで来ると、もはや言葉の意味が壊れている。
では、なぜ政府は暫定税率を廃止しなかったのか?
結論から言えば、政府が暫定税率を手放せなかった最大の理由は、毎年1兆円規模の安定した税収を失いたくなかったからだ。
道路整備のために始まった税金は、やがて使い道が限定されない一般財源へと変わった。それでも税率だけは残り、国や地方自治体にとって簡単には手放せない財源になったのである。
ただし、2026年現在は大きな変化が起きている。
ガソリンの暫定税率は2025年12月31日に廃止され、軽油の暫定税率も2026年4月1日に廃止された。つまり、「なぜ今も暫定なのか」という疑問は、正確には「なぜ約50年間も廃止されなかったのか」と考える必要がある。
この記事では、ガソリンの暫定税率が長年続いた理由、政府が廃止をためらった本当の事情、廃止後に残る問題まで分かりやすく解説する。
ガソリンの「暫定税率」とは何だったのか
道路整備の財源として1974年に導入された
ガソリンの暫定税率は、1974年に道路整備の財源を確保する目的で導入された。
当時の日本は、現在ほど道路が整備されていなかった。高速道路や国道、地方道路を増やすためには、大きな予算が必要だった。
そこで政府は、ガソリンを多く使う自動車利用者に、通常より高い税金を負担してもらう仕組みを作った。
これが暫定税率の始まりである。
ガソリンには、主に揮発油税と地方揮発油税がかかっていた。暫定税率が存在していた時期は、本来の税率に1リットル当たり25.1円が上乗せされていた。
軽油にも同じような仕組みがあり、軽油引取税に1リットル当たり17.1円が上乗せされていた。
「道路を早く整備するまでの一時的な増税」という説明で始まったため、「暫定税率」と呼ばれたのである。
2009年に道路専用の財源ではなくなった
暫定税率が特に批判された理由は、途中から税金の使い道が変わったことだ。
もともとガソリン税などは、道路整備に使う「道路特定財源」だった。
自動車利用者から集めた税金を、道路の建設や整備に使う。それなら、負担と利益の関係は一応理解できる。
しかし、道路特定財源は2009年度から一般財源化された。
一般財源になると、税金の使い道は道路だけに限定されない。社会保障、教育、防災、そのほかの政策にも使えるようになる。
道路整備のために導入した増税なのに、道路専用ではなくなっても高い税率だけは残った。
これでは、「道路のための暫定措置」という説明が通用しなくなるのは当然だ。
なぜ暫定税率は約50年間も廃止されなかったのか
理由1:国と地方にとって巨大な安定財源だった
政府が暫定税率を廃止しなかった最大の理由は、税収である。
ガソリンや軽油は、景気が悪くても一定量が使われる。地方では通勤や買い物に自動車が必要であり、物流会社や建設会社も燃料を使う。
そのため、燃料にかかる税金は比較的安定して集められる。
実際、ガソリンと軽油の暫定税率などが廃止されたことによる減収は、国と地方を合わせて年間約1兆5,000億円から1兆7,000億円規模と見込まれている。
参議院の調査資料では、ガソリン、軽油、自動車税・軽自動車税の環境性能割の見直しを合わせ、平年度で国・地方合計1兆6,830億円の減収になると示されている。
年間1兆円を超える収入を突然なくせば、政府は別の税金を増やすか、支出を減らさなければならない。
つまり政府にとって、暫定税率の廃止は単なるガソリン値下げではない。
国家予算に大きな穴を開ける決定だったのだ。
理由2:地方自治体の財政にも影響するから
暫定税率の問題は、国だけで完結しない。
地方揮発油税や軽油引取税など、一部の税収は地方自治体の収入になる。
特に地方では、道路や橋、トンネルの維持管理に多額の費用が必要だ。人口が減っても、道路の長さが急に短くなるわけではない。
むしろ、老朽化した道路や橋の修理費は増えている。
暫定税率を廃止すると、地方分だけでも約5,000億円の減収が見込まれた。このため、地方自治体側は、廃止するなら代わりとなる恒久的な財源を用意するよう政府に求めていた。
利用者から見れば、「高いガソリン税を下げてほしい」という話だ。
しかし自治体から見れば、「財源をなくすなら、道路や公共サービスをどう維持するのか」という話になる。
どちらの主張にも理由があるため、政治的な調整が難しくなったのである。
理由3:一度できた税金は予算に組み込まれるから
税金は、導入するときよりも廃止するときの方が難しい。
新しい税収が入るようになると、政府や自治体はその収入を前提に予算を作る。
道路整備、社会保障、教育、防災、地方交付税など、さまざまな支出に税収が組み込まれていく。
すると、後から税金だけを廃止することが難しくなる。
家庭で考えれば、毎月10万円の安定収入を前提に住宅ローンや生活費を決めた後、その収入だけを突然なくすようなものだ。
支出を減らすと言っても、簡単には減らせない。
結果として、政府は「財源の確保が必要」「慎重な検討が必要」と説明しながら、制度を残し続けた。
聞こえは立派だが、簡単に言えば「すでに使う予定を組んでいるので、なくすと困る」ということである。
理由4:代わりの財源を決めると別の増税になるから
暫定税率を廃止する場合、政府には大きく三つの選択肢がある。
一つ目は、ほかの税金を増やすこと。
二つ目は、国債を増やして借金で補うこと。
三つ目は、予算を削減することだ。
しかし、どの方法を選んでも反発が起きる。
所得税や法人税、消費税などを増やせば、「ガソリン税を下げて別の税金を上げただけ」と批判される。
国債を増やせば、将来世代へ負担を回すことになる。
歳出を削減すれば、その予算を利用していた業界や自治体、国民から反対される。
そのため政府は、暫定税率を維持する方が政治的に楽だった。
新しい増税を発表するより、すでに存在する税金を静かに続ける方が批判を受けにくい。
これも、暫定税率が長期化した大きな理由だと私は考えている。
理由5:環境対策という新しい理由が加わったから
暫定税率が導入された当初の目的は、道路整備だった。
しかし時代が変わると、燃料に高い税金をかける理由として、環境対策や二酸化炭素の削減も重視されるようになった。
ガソリン価格が高くなれば、自動車の利用や燃料消費が抑えられる可能性がある。
また、電気自動車や燃費の良い自動車への移行を進める効果も期待できる。
つまり、道路整備という当初の理由が弱くなった後も、「環境のため」という別の理由で税負担を説明できるようになったのである。
ただし、それなら暫定税率をそのまま残すのではなく、炭素税などとして目的や負担を明確にすべきだった。
名前は暫定、使い道は一般財源、説明は環境対策。
これでは国民が不信感を持つのも無理はない。
「暫定税率」は途中から「当分の間税率」に変わった
名前を変えて制度を維持した
実は、法律上では「暫定税率」という仕組みがそのまま約50年間続いたわけではない。
2010年の税制改正で、従来の期限付きの暫定税率は廃止された。
しかし税率自体は、「当分の間税率」という形で維持された。
つまり、暫定税率を廃止したように見せながら、実際の負担額はほぼ変えなかったのである。
「暫定」という表現への批判が強くなったため、「当分の間」という期限の分からない言葉に変えた形だ。
名前を変えても、ガソリンを入れる側の負担は変わらない。
国民から見れば、看板を付け替えただけにしか見えなかった。
しかも「当分の間」が15年以上続いた。日本の税制度では、当分の間という言葉も相当な長期を意味するらしい。
トリガー条項も長期間停止されていた
ガソリン価格が大きく上昇した場合、暫定税率分の課税を停止する「トリガー条項」も用意されていた。
しかし、2011年の東日本大震災後、復興財源を確保するなどの理由から凍結された。
その後、原油価格が上昇しても、政府はトリガー条項を簡単には発動しなかった。
代わりに石油元売り会社への補助金を使い、ガソリン価格を抑える政策を続けた。
税金を一度下げると元に戻すのが難しい一方、補助金なら政府の判断で金額や期間を調整しやすいからだ。
利用者から見ると、税金を取りながら補助金で価格を下げるという複雑な仕組みだった。
集めてから配る。当然、その間には事務費も制度設計も必要になる。
もっと単純にできなかったのか、疑問を持つのは自然だ。
2025年末にガソリンの暫定税率は廃止された
ガソリンは1リットル当たり25.1円引き下げ
長く続いたガソリンの暫定税率、正式には当分の間税率は、2025年12月31日に廃止された。
これにより、ガソリンにかかる揮発油税と地方揮発油税の税率は、合計で1リットル当たり53.8円から28.7円へ下がった。
差額は1リットル当たり25.1円である。
軽油についても、2026年4月1日に特例税率が廃止され、軽油引取税は1リットル当たり32.1円から15円へ下がった。
仮にガソリンを月50リットル使う場合、暫定税率分だけで考えると、月約1,255円、年間約1万5,060円の負担軽減になる。
地方で毎日自動車を使う家庭や、複数台を所有する世帯にとっては小さくない。
物流や運送業にも影響するため、輸送費を通じて幅広い商品の価格に関係する可能性もある。
廃止されても価格が25.1円下がるとは限らない
注意したいのは、暫定税率が廃止されたからといって、ガソリンの店頭価格が必ず25.1円下がるわけではないことだ。
ガソリン価格は、原油価格、為替相場、輸送費、精製費、販売競争などによって変動する。
税金が下がっても、その時期に原油価格や円安が進めば、値下げ分が見えにくくなる。
実際、資源エネルギー庁は、2025年の暫定税率廃止後にガソリン価格が下がった一方、2026年には中東情勢の緊迫化によって燃料価格が再び上昇したと説明している。
「税率を下げたのにガソリンが安くならない」という場面は起こり得る。
ただし、それは暫定税率の廃止に意味がなかったという話ではない。
税率を廃止しなければ、原油価格の上昇分に加えて、さらに1リットル当たり25.1円を負担していたことになる。
暫定税率廃止後の財源はどうなるのか
代替財源の問題は終わっていない
暫定税率は廃止されたが、政府の財源問題まで消えたわけではない。
2026年度については、地方自治体の減収分を地方特例交付金などで補う措置が取られた。
しかし、交付金も元をたどれば国の財源である。
税収が減った分を別の予算から補えば、最終的には別の税収、歳出削減、国債などで負担する必要がある。
財務省の2026年度予算資料でも、ガソリンと軽油の当分の間税率廃止に必要な財源は、合計で約1兆5,000億円規模とされている。安定財源については、租税特別措置の見直しや歳出改革などを含め、継続して検討する方針が示された。
つまり、暫定税率廃止はゴールではない。
誰が、どのような形で代わりの負担をするのかという問題は残っている。
自動車重量税には「当分の間税率」が残る
ガソリンと軽油の暫定税率は廃止されたが、自動車関係の「当分の間税率」がすべてなくなったわけではない。
自動車重量税には、現在も租税特別措置法による当分の間税率が存在する。
財務省の資料にも、自動車重量税の税率について「当分の間税率」であることが明記されている。
そのため、「暫定税率問題は完全に解決した」と考えるのは早い。
自動車利用者の負担全体を見るなら、ガソリン税だけでなく、自動車税、軽自動車税、自動車重量税、消費税などを含めて議論する必要がある。
政府が暫定税率を廃止しなかった本当の理由
政府は長年、道路整備、地方財政、環境対策、安定財源など、さまざまな理由を説明してきた。
どれも完全な間違いではない。
道路や橋の維持には費用がかかる。地方自治体の財源も必要だ。環境対策も重要である。
しかし、約50年間も続いた最大の理由は、もっと単純だ。
国と地方にとって、ガソリン税が非常に便利で安定した財源だったからである。
広く、多くの人から、自動的に集められる。
しかも、すでに存在する税金なので、新しい増税よりも政治的な反発を受けにくい。
政府にとって、これほど使いやすい税金を手放すのは難しかった。
だから道路特定財源が一般財源化されても税率は残り、「暫定税率」という名前が批判されると「当分の間税率」へ変更された。
制度を維持する理由が先にあり、その時代に合わせて説明が追加されていったように見える。
私は、ここが国民の不信感を強めた最大の原因だと思っている。
必要な税金なら、「暫定」という言葉でごまかさず、何のために、いくら集め、どのように使うのかを正面から説明するべきだった。
まとめ
ガソリンの暫定税率が約50年間も続いた最大の理由は、国と地方にとって年間1兆円を超える安定財源だったからだ。
1974年に道路整備のための一時的な増税として導入されたが、2009年度には道路特定財源が一般財源化された。
それでも高い税率は残り、2010年には「暫定税率」から「当分の間税率」へ名前を変えて維持された。
政府が廃止をためらった背景には、地方財政への影響、道路の維持費、環境対策、代替財源を決める難しさがあった。
しかし本音の部分では、巨額の税収を失えば、別の増税や歳出削減が必要になるという事情が大きかったと考えられる。
最終的に、ガソリンの暫定税率は2025年12月31日、軽油の暫定税率は2026年4月1日に廃止された。
約50年続いた「暫定」は、ようやく終わった。
ただし、年間約1兆5,000億円規模の減収をどう補うのか、自動車重量税に残る当分の間税率をどうするのかという問題は残っている。
税金を下げれば、それだけですべてが解決するわけではない。
だからこそ政府には、新しい負担を分かりにくい名前で作るのではなく、誰が、何のために、いくら負担するのかを明確に示す責任がある。
「暫定」や「当分の間」という便利な言葉で、数十年間も問題を先送りするやり方は、もう繰り返すべきではない。

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