「帝国主義」「軍国主義」「ファシズム」。
歴史の授業では、だいたい同じ時代に登場する。そのため、「どれも戦争につながる危険な思想なのでは?」と考えてしまいやすい。
しかし、この理解では少し雑すぎる。
帝国主義は、主に他国や他地域への支配拡大に関係する。軍国主義は、軍事力を国家運営の中で強く重視する考え方だ。そしてファシズムは、国家や民族の統一を個人より優先し、政治権力を集中させる思想・政治運動として理解されている。
つまり、同じものではない。
それでも、この3つが歴史の中で結びついたとき、大きな戦争や人権侵害につながった例がある。ここが本当に注意すべきところだ。
私が資料を読み比べていて怖いと感じるのも、一つひとつの言葉そのものより、「外への支配」「軍事力の優先」「国内の権力集中」が同時に進む構造である。
では、何がどう違い、なぜ危険になるのか。順番に見ていこう。
帝国主義・軍国主義・ファシズムの違い
最初に3つを簡単に整理すると、次のようになる。
| 用語 | 主な対象 | 中心となる考え |
|---|---|---|
| 帝国主義 | 外国・他地域 | 他国や地域への支配や影響力を広げる |
| 軍国主義 | 国家運営 | 軍事力を強く重視し、政治目的にも利用する |
| ファシズム | 国内政治・社会全体 | 国家・民族を優先し、強い権力の下で社会を統合する |
帝国主義について、米コーネル大学のLegal Information Instituteは、領土取得や政治的・経済的支配によって国家の力を外部へ広げる政策や実践などと説明している。
軍国主義については、単に「軍隊が強い国」という意味ではない。Cambridge Dictionaryでは、強い軍隊を持つ必要があり、それを政治的・経済的利益を得るために使うべきだとする考えとして説明されている。
ファシズムについて、米国ホロコースト記念博物館は、国家を個人より優先する超国家主義的・権威主義的な政治思想であり、自由民主主義や多元主義、個人の権利などに反対する特徴を持つと説明している。
ここを分けて考えれば、かなり理解しやすくなる。
帝国主義とは「外へ支配を広げる」考え方
帝国主義は、ある国が自国の政治的・軍事的・経済的な力を使って、他国や他地域への支配や影響力を広げていく政策や考え方である。
方法は軍事侵攻だけではない。
領土を直接支配する場合もあれば、政治や経済を強く支配する場合もある。このため、「帝国主義=植民地を持つこと」だけで理解すると少し狭い。
19世紀から20世紀前半には、ヨーロッパ諸国を中心にアジアやアフリカなどへの植民地支配が拡大した。
問題は、支配される側の意思よりも、支配する側の利益が優先されやすいことだ。
第二次世界大戦後の1945年に成立した国連憲章は、諸国民の平等と自決の原則を掲げている。また、1960年の国連総会決議1514は、植民地主義の終結と民族自決を強く打ち出した。帝国主義や植民地支配への反省が、現在の国際秩序の重要な土台になったわけだ。
軍国主義とは「軍事力が政治より強くなる」状態につながりやすい
軍国主義は、軍事力を国家の重要な手段として強く評価し、政治や社会の中でも軍隊や軍事的な価値観を重視する考え方である。
ここで注意したい。
防衛力を持つこと自体が軍国主義なのではない。
軍隊を持つ国は世界に多数あるし、安全保障政策を強化しただけで「軍国主義」と断定するのも正確ではない。
問題になるのは、軍事力が単なる防衛手段を超え、政治的な問題まで軍事によって解決しようとしたり、軍が政治に大きな影響を持ったりする場合だ。
戦争という手段が「最後の手段」ではなく、「使える普通の政策」に近づいていく。
これはかなり危ない。
日本では統帥権の独立が大きな問題になった
戦前日本を考えるとき、重要になるのが「統帥権」である。
大日本帝国憲法第11条には、
「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」
と定められていた。また第12条では、陸海軍の編制や常備兵額を天皇が定めるとされていた。国立国会図書館で原文を確認できる。
参考資料:大日本帝国憲法・全文(国立国会図書館)
ただし、「統帥権の独立」という言葉そのものが憲法第11条に書かれていたわけではない。
国立国会図書館の資料では、軍の作戦に関わる統帥権について、国務大臣ではなく参謀総長や軍令部総長が天皇を補佐するものと解釈され、軍令機関が内閣から独立する仕組みになったと説明されている。
ここはかなり重要だ。
軍が政府から十分な統制を受けなくなれば、外交や政治と軍事行動が別々に動く危険が高まる。
軍国主義の危険性を考えるとき、「軍隊が存在するか」ではなく、軍事組織を政治が適切に統制できるかを見る必要がある。
ファシズムとは国家・民族を個人より優先する政治思想
ファシズムは20世紀前半のヨーロッパで発展した政治思想・政治運動であり、特にムッソリーニ政権下のイタリアが代表例となった。
ファシズムでは国家や民族の統一が強く重視される。
その一方で、自由な政治競争、複数政党、個人の権利、反対意見などが「国家の統一を邪魔するもの」として扱われる危険がある。
ムッソリーニとジョヴァンニ・ジェンティーレによる1932年の『ファシズムの教義』でも、国家を個人や集団より上に置く思想が明確に示されている。
ファシズムは単なる「独裁政治」とも少し違う。
独裁政権は古代から存在しているが、ファシズムは近代の大衆政治の中で、強い国家主義、指導者への権力集中、反自由主義、反多元主義、政治的暴力などを組み合わせて発展したところに特徴がある。
ファシズムとナチズムは同じなのか
ここも混同されやすい。
ナチス・ドイツは一般にファシズムの一形態として扱われるが、イタリア・ファシズムと完全に同じ思想ではない。
ナチズムでは、とくに人種主義と反ユダヤ主義が中心的な位置を占めた。
ナチスは「民族共同体」に含まれる人間と、そこから排除する人間を政治的・人種的に分類した。そしてユダヤ人をはじめ、ロマ、障害者、政治的反対者など多くの人々が迫害された。
その最悪の結果がホロコーストである。
米国ホロコースト記念博物館によれば、ナチス・ドイツとその協力者によって約600万人のユダヤ人が殺害された。さらに、その他の多くの集団も迫害や殺害の対象となった。
ここまで進むと、「思想の違い」という教科書上の話では済まない。
国家が「誰が国民として正しい存在なのか」を決め、反対者や少数者の権利を奪えるようになったとき、その被害は人間の生命そのものに及ぶ。
帝国主義・軍国主義・ファシズムはなぜ結びつきやすいのか
3つは別々の概念である。
それなのに歴史上、同時に現れることがある。
理由は、それぞれが別の方向から国家権力を強めるからだ。
帝国主義は外部への拡大を求める
帝国主義では、外国や他地域への影響力拡大が重要になる。
当然、相手が抵抗すれば衝突が起こる。
そこで軍事力が必要になる。
帝国主義そのものが必ず戦争を意味するわけではないが、他者を自国の支配下に置こうとすれば、武力や威圧に頼る可能性は高まる。
軍国主義は軍事力による解決を強くする
軍事力が大きな価値を持つ社会では、外交や交渉より軍事的手段の評価が高くなる可能性がある。
さらに軍が政治にも強い影響力を持てば、軍事行動を止める側の力が弱くなる。
その結果、「拡大したい帝国主義」と「軍事力を使える軍国主義」がかみ合ってしまう。
危険な組み合わせである。
ファシズムは国内の反対を弱くする
それでも民主的な政治制度が十分に機能していれば、議会、野党、報道、市民社会などが政策に反対できる。
ところがファシズムは、この多元性そのものを嫌う傾向を持つ。
実際、ナチス政権下のドイツでは、ヒトラーが首相となった1933年から短期間で政治的な反対勢力が排除され、一党独裁体制が作られた。
すると、
「外国へ勢力を広げる」
「そのために軍事力を使う」
「反対する国内勢力を抑える」
という3つが一つの政治システムの中で動き始める。
これが恐ろしい。
3つの思想の危険性は「ブレーキがなくなること」にある
私の見方では、帝国主義・軍国主義・ファシズムの危険性を理解するうえで、一番わかりやすい言葉は「ブレーキ」である。
他国の権利というブレーキが弱くなる
帝国主義では、自国の利益が他国や他民族の意思より優先されやすい。
しかし現在の国際秩序では、国家の主権平等や民族自決が重要な原則になっている。
国連憲章第2条は加盟国の主権平等を掲げ、他国の領土保全や政治的独立に対する武力による威嚇・武力行使を原則として禁止している。
つまり現在の国際社会は、帝国主義的な勢力拡大に強い制限をかける方向へ進んできた。
文民統制というブレーキが弱くなる
軍事組織には大きな力がある。
だからこそ、多くの民主国家では選挙によって選ばれた政治家が軍事組織を統制する「文民統制」が重要になる。
軍が政治から独立し、自ら政策を決めるようになれば、民主的な責任を問うことが難しくなる。
戦前日本の統帥権をめぐる問題が今でも研究される理由の一つも、ここにある。
民主主義というブレーキが弱くなる
ファシズムがさらに危険なのは、国家権力を止める制度そのものが弱くなりやすい点だ。
野党。
自由な報道。
司法。
選挙。
市民の政治活動。
こうした仕組みは、効率だけを考えれば邪魔に見えることもある。
しかし、権力が間違った方向へ進んだときに止めるのは、まさにこの「面倒な仕組み」である。
民主主義は遅い。
議論も長い。
反対意見もうるさい。
それでも、その面倒さが権力へのブレーキになっている。
何でも「ファシズム」「軍国主義」と呼ぶのも危険
反対方向にも注意が必要だ。
気に入らない政治家をすぐ「ファシスト」と呼ぶ。
防衛費が増えただけで「軍国主義だ」と決めつける。
大国の外交政策を何でも「帝国主義」と呼ぶ。
これでは言葉の意味が壊れてしまう。
ファシズムを判断するなら、単に「強い政治家か」ではなく、政治的多元性を否定しているか、反対勢力を排除しているか、個人より国家や民族を絶対視しているか、といった特徴を見る必要がある。
軍国主義についても、軍事力の大きさだけでは判断できない。
軍事力を政治目的の主要な手段として扱っているのか。軍が政治を支配しているのか。武力行使が過度に肯定されているのか。
帝国主義についても同じだ。
単なる外交的影響力と、他国の政治的・経済的な自主性を奪う支配は区別しなければならない。
言葉を強く使えば議論に勝てるような気はする。
だが、歴史を理解するには逆効果だ。
まとめ|帝国主義・軍国主義・ファシズムの違いを知れば本当の危険性が見える
帝国主義・軍国主義・ファシズムは同じ思想ではない。
帝国主義は、他国や地域への支配・影響力を拡大する政策や考え方。
軍国主義は、軍事力を国家運営や政治目的のために強く重視する考え方。
ファシズムは、国家や民族を個人より優先し、強い権力の下で社会を統合しようとする政治思想・政治運動。
こう整理すれば違いははっきりする。
そして歴史が示した深刻な問題は、この3つが別々に存在したことだけではない。
外へ支配を広げる。
軍事力によってそれを実現する。
国内では反対意見を抑える。
この3つが同時に進めば、政策を止める仕組みは急速に弱くなる。
第二次世界大戦後に、民族自決、主権平等、人権、民主主義、文民統制などが重視されるようになった背景には、こうした歴史的経験がある。国連憲章も、国際紛争の平和的解決や武力行使の制限を重要な原則として掲げている。
だから私は、この3つの言葉を単なる歴史用語として暗記するだけでは足りないと思う。
重要なのは、どこに権力が集まり、その権力を誰が止められるのかを見ることだ。
帝国主義・軍国主義・ファシズムの歴史が今も学ばれ続けている理由は、そこにある。

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