「米を高くした犯人は農協だ」「誰かが倉庫に米を隠している」。令和の米騒動では、このような刺激的な話が広がった。
たしかに、農協や米の流通には見直すべき問題がある。しかし、農協だけを悪者にすれば解決するほど、日本の米問題は単純ではない。
本当の原因は、猛暑による品質低下、需要予測の失敗、低すぎた在庫、長年の生産調整、農家の高齢化、複雑な流通構造が同時に重なったことだ。そこへ災害不安による買い込みが加わり、店頭から米が消えた。
私は農林水産省やJA全農の資料を読み比べたが、これは単なる「一時的な米不足」ではないと感じた。日本農業がギリギリの状態で動いていたことが、価格高騰によって見える形になったのだ。
令和の米騒動とは何だったのか
米5kgが4,000円を超える異常事態になった
令和の米騒動は、2024年夏ごろから店頭の米が不足し、価格が急上昇した問題を指すことが多い。
農林水産省のPOSデータでは、2025年初めに米5kgの平均価格が3,600円を超え、その後は4,000円台まで上昇した。2026年4月の平均価格は5kg当たり3,875円だった。前年同月より350円下がったものの、騒動前と比べれば、まだ高い水準だ。
参考:農林水産省「米に関するマンスリーレポート」
2026年2月の令和7年産米の相対取引価格も、玄米60kg当たり35,056円だった。令和6年産の平均価格25,179円より約1万円高い。小売価格が少し下がっても、産地と卸売業者の間で取引される価格は、まだ高止まりしている。
つまり、令和の米騒動は「店から米が消えた事件」だけではない。品薄が落ち着いたあとも、高い仕入れ価格が残り、家計を苦しめ続ける問題なのだ。
米の収穫量は増えたのに価格が上がった
奇妙なのは、全国の収穫量が大きく減ったわけではない点だ。
令和6年産の主食用米の収穫量は679万2,000トンで、前年より18万2,000トン増えた。さらに令和7年産は718万1,000トンとなり、前年より大きく増加した。
参考:農林水産省「米の流通状況等について」
それでも価格は簡単には下がらなかった。
ここから分かるのは、米価はその年の収穫量だけでは決まらないということだ。前年からの在庫、精米したときの歩留まり、流通業者の仕入れ価格、農家への支払額、消費者の需要まで関係する。
人間は「今年たくさん取れたなら安くなるだろう」と考えがちだが、米の流通はそこまで親切な仕組みではない。
米価格高騰を引き起こした直接的な原因
猛暑で食べられる米の割合が下がった
2023年は記録的な猛暑となり、多くの地域で白未熟粒や胴割れ米が増えた。
米は収穫量が同じでも、品質が悪ければ精米するときに取り除かれる部分が増える。そのため、玄米の収穫量だけを見て「米は十分にある」と判断すると、実際に販売できる精米の量を多く見積もってしまう。
農林水産省は2025年8月の検証で、高温障害によって精米歩留まりが悪化し、必要な玄米量が増えていたことを認めている。令和5年産では需要量に対して40万~50万トン程度、令和6年産では20万~30万トン程度、生産量が不足したと分析した。
参考:農林水産省「今般の米の価格高騰の要因や対応の検証」
問題は、天候だけではない。政府の需給予測が、精米歩留まりの悪化を十分に考えていなかったことだ。
自然災害は止められない。しかし、猛暑が続いているのに、以前と同じ計算方法を使い続けたのなら、これは政策側の失敗だと言わざるを得ない。
インバウンドや外食需要を低く見積もった
政府は長年、日本人の米離れと人口減少を前提に、米の需要は毎年減ると考えてきた。
実際、主食用米の需要量は長期的には減少している。農林水産省は、人口減少の影響もあり、国内需要は年10万トン程度減少する傾向にあるとしてきた。
しかし、コロナ禍の終了後は、外食需要や訪日外国人による需要が回復した。家庭での米購入量も増えた。政府はこの変化を早くつかめなかった。
米の需要が長期的に減っていることと、短期的に増えることは両立する。ところが、日本の米政策は長期的な減少ばかりを重視し、急な需要回復に弱い仕組みになっていたのだ。
南海トラフ地震臨時情報で買い込みが起きた
2024年8月には、南海トラフ地震臨時情報や台風への不安から、米の買い込みが発生した。
農林水産省の分析では、小売段階の販売量が前年同期より2割から4割以上増えた時期があった。その結果、卸売業者や小売店の供給が追い付かなくなった。
参考:農林水産省「令和6年端境期の需給状況に関する分析」
これは「日本全体から米が完全になくなった」という話ではない。
米は産地の倉庫、集荷業者、卸売業者、小売店を順番に移動する。消費者が短期間に集中して購入すると、倉庫に米があっても、精米や袋詰め、配送が間に合わない。
トイレットペーパー騒動でも見た光景だが、人間は不足のニュースを見ると、必要以上に買って本当の不足を作り出す。この悪い才能だけは、令和になっても健在だ。
なぜ政府備蓄米を出しても価格が下がらなかったのか
備蓄米の放出が遅すぎた
政府は米不足や災害に備え、備蓄米を保管している。
しかし、2024年夏に店頭で品薄が起きた段階では、政府は備蓄米の本格放出に慎重だった。市場価格への影響や、翌年の需給を警戒したからだ。
結果として、備蓄米の入札が本格化したのは、価格が大きく上がった後だった。火事が広がってから消火器を探し始めたようなもので、対応が遅かったと言われても仕方がない。
備蓄米は、持っているだけでは意味がない。どの条件で、どれだけ、どの流通経路に出すのかを事前に決めておかなければ、緊急時には役に立たないのだ。
大手流通を通す仕組みで時間がかかった
JA全農は、政府備蓄米の第1回から第3回の入札で、合計29万6,195トンを落札したと公表している。全量について卸売業者との契約を完了したものの、実際の出荷には卸売業者からの発注や納入場所の調整が必要だった。
参考:JA全農「政府備蓄米の取扱いに関するお知らせ」
ここで「JA全農が米を止めていた」と決めつけるのは正しくない。
ただし、大量の備蓄米を一部の大手集荷・卸売ルートに集中させれば、契約、精米、袋詰め、配送に時間がかかる。緊急時にも通常の商流を使ったため、消費者まで届く速度が遅くなった面は否定できない。
政府、全農、卸売業者、小売店の全員が「自分の段階では処理している」と説明しても、消費者の棚が空なら制度としては失敗だ。
農協が米価格をつり上げたという話は本当か
農協は米流通の重要な存在だが独占ではない
農協は、農家から米を集め、乾燥、保管、検査、販売などを行う。小さな農家が自分だけで全国の卸売業者と交渉するのは難しいため、共同販売には大きな意味がある。
JA全農の令和7年度計画では、主食用米の集荷数量を227万トン、生産量の約30%としている。影響力は大きいが、日本の米をすべて独占しているわけではない。民間業者や農家の直接販売も存在する。
したがって、「農協だけが米価を自由に決めている」という説明は乱暴だ。
ただし、約3割を扱う組織が産地の集荷価格を引き上げれば、他の業者も米を確保するために高い価格を提示する。集荷競争が激しくなれば、卸売価格と店頭価格にも影響する。
農協は無関係ではない。しかし、農協だけが犯人でもない。ここを間違えると、本当の改革から遠ざかる。
概算金や流通経費が消費者に見えにくい
農家がJAへ米を出荷すると、まず「概算金」が支払われ、その後の販売結果によって追加精算される場合がある。
この仕組みは農家の資金繰りを支える。一方で、消費者から見ると、農家への支払額、保管料、精米費、運送費、卸売業者の利益、小売店の利益が分かりにくい。
店頭価格が5kg4,000円でも、そのうち農家にいくら届いているのかは見えにくい。逆に、農家への概算金が上がったというニュースだけで、農家が大もうけしているように見える。
米価問題を解決するには、農協を解体すると叫ぶ前に、流通段階ごとの価格と経費を公開するべきだ。数字が見えない市場では、疑いと陰謀論だけが元気に育つ。
本当の深層問題は日本農業そのものにある
需要に合わせすぎて余裕を失った
2018年から、政府による米の生産数量目標の配分は廃止された。表面上は、国が農家へ生産量を割り当てる「減反政策」は終わったことになっている。
しかし、その後も麦、大豆、飼料用米などへの転換を支える交付金制度は続いている。産地は国が示す需給見通しを参考にしながら、主食用米の作付面積を決めてきた。
参考:農林水産省「米政策改革の動向」
需要に合わせて作る考え方自体は間違っていない。米を作りすぎれば価格が暴落し、農家が続けられなくなるからだ。
問題は、余ることを恐れすぎて、猛暑や需要増加に対応できる余裕まで削ったことだ。
工場なら注文が増えた翌月に生産を増やせる。しかし、米は基本的に年1回しか収穫できない。予測を外せば、次の収穫まで供給量を簡単には増やせない。
米政策には、効率だけではなく「余裕」が必要だったのだ。
米農家が急速に減っている
2025年農林業センサスによると、販売目的で水稲を作った農業経営体は53万3,000経営体だった。5年前より18万1,000経営体、割合では25.3%減少している。
参考:農林水産省「2025年農林業センサス結果」
農業を主な仕事とする基幹的農業従事者も、2025年には約102万人まで減少した。平均年齢は67歳台で、70歳以上が大きな割合を占める。
この状況で「米が高いなら来年から増産すればいい」と言うのは簡単だ。
実際には、田植え機、コンバイン、乾燥機などに大きな費用がかかる。水路や農道の管理も必要だ。高齢の農家が辞めれば、その農地をすぐ別の人が使えるとは限らない。
今回の米騒動で最も恐ろしい数字は、5kg当たりの値段ではない。米を作る人が5年間で4分の1も減ったことだ。
生産コストが上がっている
肥料、農薬、燃料、農業機械、運送費、人件費など、米の生産と流通に必要な費用は上昇している。
JA全農も、肥料費や農業薬剤費を含む物財費が2022年ごろから上昇し、生産コストが高止まりする可能性を示している。
参考:JA全農「米流通に関するファクトブック」
これまでの米価が安すぎた面も無視できない。
消費者にとって安い米はありがたい。しかし、農家が機械を更新できず、後継者も育てられない価格なら、その安さは将来の生産力を削って作られたものだ。
安い米を求め続けた結果、作る人がいなくなり、ある日突然高くなる。それでは安定供給とは呼べない。
令和の米騒動を繰り返さないために必要な改革
流通段階ごとの価格を公開する
まず必要なのは、米の価格がどの段階で上がったのかを見えるようにすることだ。
農家の受取価格、JAや集荷業者の経費、卸売価格、精米・包装費、運送費、小売価格を定期的に公開するべきだ。
利益を上げること自体は悪ではない。しかし、価格形成が不透明なままでは、農家、農協、卸売業者、小売店の全員が疑われる。
「適正な利益です」と説明するだけでは足りない。数字を出すべきだ。
備蓄米の放出条件を事前に決める
民間在庫、小売価格、販売量などが一定の基準を超えた場合、自動的に備蓄米を放出する仕組みが必要だ。
その際、大手卸売業者だけでなく、地域のスーパー、生協、中小卸、学校給食など、複数のルートへ分けて供給するべきだ。
備蓄米は市場を混乱させるためのものではない。市場が混乱したときに、生活を守るためのものだ。
農家を価格ではなく所得で支える
消費者価格を高く保つことで農家を守ろうとすると、低所得世帯ほど大きな負担を受ける。
農家を守るなら、価格を無理に高くするより、農地の維持、機械の共同利用、環境対策、災害対応などに対して直接支援する方が分かりやすい。
農家の所得を守りながら、消費者価格の急上昇を防ぐ仕組みに変えるべきだ。
高温に強い米と生産体制を増やす
猛暑が異常ではなくなるなら、昔と同じ品種や栽培方法だけでは対応できない。
高温耐性品種の導入、田植え時期の調整、水管理の改善、スマート農業、乾燥・保管施設の共同利用を進める必要がある。
令和6年時点で、高温耐性品種が主食用米の作付面積に占める割合は16.2%だった。導入は進んでいるが、まだ十分ではない。
気候が変わったのなら、政策と生産方法も変えなければならない。精神論で稲は涼しくならない。
令和の米騒動でよくある疑問
農協が米を隠して価格を上げたのか
農協が組織的に米を隠して価格を操作したと断定できる公的証拠は確認されていない。
ただし、JAグループは米流通で大きな影響力を持つ。価格形成や流通経費を、これまで以上に公開する責任はある。
「証拠がないから問題はない」でも、「価格が上がったから農協の陰謀だ」でもない。必要なのは、検証できるデータだ。
米の価格は今後下がるのか
2026年に入ってから、小売価格は下落傾向を見せている。2026年4月の平均価格は3,875円で、前年同月より8.3%下がった。政府は2026年6月末の民間在庫について、以前より高い水準になる見通しも示している。
そのため、供給が安定すれば価格がさらに下がる可能性はある。
ただし、産地の取引価格や生産コストは依然として高い。騒動前の価格へ急に戻ると考えるのは危険だ。
安い輸入米を増やせば解決するのか
輸入米は、短期的な不足を補う安全弁にはなる。
しかし、輸入米だけに頼れば、国内の生産力はさらに弱くなる。円安や海外の不作、輸出規制が起きたとき、日本はより危険な状態になる。
平時は国内農業を守り、緊急時には輸入も使う。この両方を持つことが必要だ。どちらか一方だけを正解にする議論は雑すぎる。
まとめ
令和の米騒動は、農協だけが起こした問題ではない。
猛暑による品質低下、政府の需要予測の失敗、低い民間在庫、災害不安による買い込み、備蓄米放出の遅れ、複雑な流通、農家の高齢化、生産コストの上昇が重なって起きた。
農協には、価格や流通経費をもっと公開する責任がある。しかし、農協を悪者にして終われば、農家の減少や農政の失敗は放置される。
私が資料を読んで最も強く感じたのは、日本の米政策が「米を余らせないこと」に集中しすぎていた点だ。
食料安全保障では、多少の余裕は無駄ではない。猛暑や災害、需要増加に耐えるための保険だ。
米が棚から消えてから慌てるのでは遅い。農家が消えてから補助金を増やしても遅い。
令和の米騒動を一時的な物価高として忘れれば、次は値上がりだけでは済まない。本当に米を作れない国になる前に、生産、流通、備蓄、農家支援をまとめて改革するべきだ。

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