「インクなんて、買うものだろ?」
本当にそうだろうか? なぜ私たちは中身も知らない液体を、何の疑問もなく紙に染み込ませているのか。もし水と身近な材料だけで“書ける液体”が作れるとしたら──それでもインクはブラックボックスのままでいいのか?
水性インクの作り方を知ることは、単なる工作ではない。物質、色、記録という人類の根源的な営みを、手元に引き戻す行為だ。
水性インクとは何かを、まず疑う
水性インクとは、水を主成分とし、そこに色材と結合材(バインダー)を加えたものだ。油性インクと違い、揮発性溶剤や強い臭いがなく、扱いやすい。
だが重要なのは定義より構造だ。水性インクは「色が水に浮かんでいる」のではない。色素や顔料が、化学的・物理的に安定した状態で分散されている。ここを理解すると、インク作りは急に面白くなる。
なぜ水性インクを自作するのか
自作の最大の利点はコントロールだ。色の濃さ、乾きやすさ、紙への染み込み方。市販品は万人向けだが、自作は用途特化ができる。
イラスト用、万年筆用、実験用、教育用。目的が変われば最適解も変わる。インクを「買う」のではなく「設計する」視点が手に入る。
水性インク作りに必要な基本材料
水(溶媒)
精製水が理想だが、家庭用なら水道水でも可能。ただし不純物が多いと沈殿や腐敗の原因になる。
インクの8割は水だ。軽視すると失敗する。
色材(色の正体)
もっとも重要な要素だ。大きく分けて二種類ある。
- 色素:水に溶ける。発色が良く、万年筆向き
- 顔料:水に溶けない。粒子として分散する。耐光性が高い
初心者は色素から始めるとよい。
バインダー(結合材)
色材を紙に定着させる役割を持つ。
代表的なのはアラビアゴムやPVA(木工用ボンドを薄めたもの)。入れすぎるとベタつき、少なすぎると色落ちする。
基本的な水性インクの作り方
ステップ1:色素液を作る
食用色素や水彩絵具を少量の水に溶かす。
この段階では「濃すぎる」くらいでちょうどいい。後で薄められるからだ。
ステップ2:バインダーを加える
アラビアゴム水溶液を数滴ずつ加える。
混ぜながら、紙に書いてテストする。にじみと定着のバランスを見る。
ステップ3:粘度を調整する
水を足して好みの書き味に調整する。
万年筆用ならさらさら、筆用ならやや粘度を残す。
ステップ4:ろ過する
コーヒーフィルターなどで濾すと、詰まりの原因になる粒子を除去できる。
この工程を省くと、ペンが犠牲になる。
顔料系水性インクを作る場合の注意点
分散がすべてを決める
顔料は溶けない。だから「均一に散らす」必要がある。
乳鉢や攪拌棒で徹底的に練る。ここをサボると沈殿する。
界面活性剤を少量使う
中性洗剤をほんの一滴入れると分散が安定する。
入れすぎると泡立ち、紙への定着が悪くなるので要注意。
腐敗とカビを防ぐ方法
防腐という現実的な問題
水と有機物があれば、微生物は必ず来る。
数週間で異臭が出ることも珍しくない。
対策
- 冷蔵保存
- 少量ずつ作る
- エタノールを数%加える
完全な防腐は難しい。インクは生ものだと割り切ると楽になる。
自作水性インクの用途別調整
万年筆用
- 色素系のみ
- 顔料は避ける
- 徹底ろ過必須
筆・刷毛用
- 顔料可
- 粘度高め
- バインダー多め
教育・実験用
- 食用色素
- 防腐剤なし
- 安全性重視
用途を決めずに作ると、どれにも使えない中途半端な液体が生まれる。
水性インク作りで失敗しやすいポイント
「濃いほど良い」という誤解
濃度を上げすぎると、乾きが悪く、紙が波打つ。
発色は濃さではなく、分散と定着で決まる。
バインダー過信
接着力は万能ではない。紙質との相性がある。
上質紙とコピー用紙では、同じインクでも挙動が違う。
水性インクを作ることの本当の価値
インクを自作すると、「書く」という行為が変わる。
線が乾く時間、色のにじみ、紙に染み込む感覚。すべてが意識に上がってくる。
それは効率とは逆方向だが、確実に理解は深まる。
まとめ:水性インクは液体の哲学である
水性インクの作り方は、レシピでは終わらない。
水、色、紙。その相互作用を観察し、調整し、失敗する過程そのものが核心だ。
完成品を買えば結果は手に入る。しかし自作すれば、構造が手に入る。
「なぜ書けるのか」を知った瞬間、インクはただの消耗品ではなくなる。

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