芸能人活動休止から芸能界復帰した人とできない人

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こんにちはTac^^です。

映画『パッチギ!』や、テレビドラマ『ROOKIES』(TBS)へ出演するなど、俳優として活躍していた小出恵介(34歳)。

俳優としての確固とした地位を築いていたものの、2017年6月、写真週刊誌「FRIDAY」(講談社)に報じられたスクープによって、無期限活動停止に追い込まれた。


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芸能人活動休止から芸能界復帰した人とできない人

その内容は、当時17歳だった少女との飲酒および淫行。

同年9月には、大阪府青少年健全育成条例違反の容疑で書類送検されてしまった。同年12月には不起訴処分となったものの、その後は芸能界に復帰することもなく、2018年6月には、所属事務所との契約も終了した。

所属事務所もなくなり、このままフェードアウトしていくものと思われていた小出だったが、個人として俳優活動を再開することを発表。

それは事実上、芸能界への復帰宣言でもあった。

また、海外進出も視野に入れており、ニューヨークのアクターズスクールへ留学するのではないかとも言われている。

そこで今回、小出のように不祥事で芸能活動を休止した後、芸能界に復帰した男性芸能人の例をまとめた。気になる復帰後の活躍を含めてご紹介しよう。

◆狩野英孝

ネタ番組でのすべりキャラや、トーク番組での天然キャラを確立するなど、テレビから引っ張りだこだった狩野英孝(36歳)。

彼も「FRIDAY」にスクープされ、芸能活動を自粛せざるを得なくなったことは、記憶に新しいだろう。

2017年1月、当時17歳であった女子高生アイドルとの交際が大々的に報じられると、週刊誌の発売日翌日に会見を開いた。

その内容は、相手女性の年齢は22歳だと聞いており、交際関係に発展したものの、10代だと打ち明けられ、関係を解消したというもの。

しかし、所属事務所からは無期限の謹慎処分を言い渡されることとなった。

無期限という発表から5か月後の同年6月、早くも所属事務所から謹慎解除が発表され、芸能界に復帰。

同年7月には『必殺!バカリズム地獄』(AbemaTV)で半年ぶりの生番組に出演すると、9月には『アメト--ク』(テレビ朝日)で地上波にも復帰を果たす。

その後も数多くのテレビ番組に出演。謹慎以前と比べると多少勢いにかげりを感じるものの、無事に復帰したといえる活躍ぶりだろう。

◆井上裕介(NON STYLE)

『M-1グランプリ』(テレビ朝日)での優勝を機にその知名度を上げ、多数のレギュラー番組を持つなど、売れっ子芸人だったNON STYLE井上裕介(38歳)も、一度は活動休止に追い込まれてから芸能界に復帰したひとり。

2016年12月、井上の運転する乗用車がタクシーを追い越そうとした際に同車に接触、タクシー運転手は怪我を負った。

その後、事故を起こしたかもしれないと認識しながらも、事実確認をせず帰宅。

これにより、自動車運転処罰法違反(過失致傷)と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで、書類送検される事態となったのだ。

事件後は芸能活動を謹慎していたが、2017年3月に不起訴処分となったことを受け、芸能界に復帰。

それに伴い行った会見では、涙ながらに被害者へ謝罪の言葉を述べる一幕もあった。

復帰後は、謹慎期間を積極的にネタにするというたくましい姿も披露し、自粛以前と変わらぬ活躍を見せている。

◆石垣佑磨

石垣佑磨(36歳)は2000年、大手芸能事務所ホリプロの「21世紀ムービースターオーディション」にて準グランプリを受賞し、デビュー。

スポーツを扱ったバラエティー番組『ジャンクSPORTS』(フジテレビ)や、小出と同じくドラマ『ごくせん』シリーズ(日本テレビ)などに出演していた人気俳優だった。

しかし彼も、不祥事によって活動を休止していた時期がある。

2008年11月、石垣は居酒屋で酔っぱらい店員と口論し、頭を2回殴打して通報される。

それにより駆けつけた警官を蹴って、公務執行妨害の現行犯で逮捕。公務執行妨害と暴行の疑いで、東京地検に送致されたのだ。

その後、処分保留のまま釈放となったものの、この事件を受けて、芸能活動を自粛することとなった。

2009年4月、朗読劇にて芸能界に本格的な復帰を果たした石垣は、自粛期間中に亡くなった実父への強い思いを語り、心新たに活動を再開。

復帰後は、俳優としての活動をコンスタントに続けており、堤幸彦監督作「真田十勇士」への出演や、特撮ヒーロー映画『宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』に主演するなど、俳優としての幅を広げている。一時期の勢いはないものの、再び輝きを取り戻しつつある印象だ。

◆槇原敬之

90年代を通して多数のヒット曲を持つ歌手・槇原敬之(49歳)も、一度は芸能界での活動を休止せざるをえなくなった経歴の持ち主である。

1999年7月、9thアルバム「Cicada」をリリースしたその一ヶ月後の同年8月、自宅に覚せい剤を所持していることが発覚。

10年来の友人であった当時23歳の男と共に現行犯逮捕された。

一月ほど後に、保釈金を払って保釈されたものの、同年12月の裁判では懲役1年6か月(執行猶3年)の有罪判決を受ける。

これにより、発売元レコード会社によるCDの店頭からの回収や、コンサートツアー中止といった騒動となり、槇原は多額の借金を抱えることになったという。

一時は音楽活動を休止せざるを得なかった槇原だったが、執行猶予期間中の2000年11月には復帰し、10thアルバム「太陽」で活動を再開させた。

その後、2003年にシングルリリースされ、SMAP随一の代表曲となっている「世界に一つだけの花」を世に送り出し、近年も『ヒルナンデス』(日本テレビ)のテーマ曲を手がけるなど、大復活を遂げている。

今となっては休止から復帰までのスピードがかなり早いように思うかもしれない。

だがそれも、「コンプライアンス」という言葉が今ほど取りざたされることのなかった、おおらかな時代だからこそ許された復帰時期だったのではないだろうか。

 

休止期間を経て、これから新たなスタートを切る小出に、様々な苦難があることは想像に難くない。

しかし、不祥事から復帰した芸能人たちに共通して言えることは、陥ってしまった苦境をものともせず、復帰後にすばらしい活躍を見せているということだ。

一度は苦しい立場に追い込まれた小出の巻き返しに期待したい。

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