万引き家族感想評価微妙だった?

ホビー

こんにちはTac^^です。

カンヌ国際映画祭でパルムドール(一番上の賞!)を獲得した「万引き家族」!

観たら意外と・・・地味でした(笑)これでよくぞパルムドールが獲れたなあ、と思うほどに、とても淡々とした映画で、少し驚きました。

全然違う昔の映画ですが「藪の中」とかちょっと思い出した.

警察に尋問を受けてしゃべるシーンもあるからかな。

海外では、割とこういう淡々としたアーティスティックな作風の方が評価されやすいのかしらん??

いや、良い映画ではありましたが。

面白いのか、つまらないのか、観に行くか迷っている人もいるかもしれません。

では観てきた感想を語ります・・・.。※個人的感想です。


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万引き家族感想評価微妙だった?

で、ネットを見ても絶賛コメントが圧倒的に多いのですが、私はなぜかあまり入り込めませんでした・・・。この映画って、ある意味みるひとの家族観が試されるのかもしれない・・・。

そんなわけで、名作であろうこの映画に、なんで自分が感動できなかったのか、その理由も記事の最後で考えてみました。

「万引き家族」登場人物

父親・浩(リリー・フランキー)

定職がなく、工事現場で日雇いの仕事をしている。それでも足りないので、日用品や食料品はスーパーなどで万引きすることがある。(息子と連携プレー)

それ以外は、優しい愛情の持ち主。

 

母親・信代(安藤サクラ)

正社員に憧れつつ、小さなクリーニング工場でアルバイトしている。近頃、仕事が減らされていることに不安を感じている。サバサバした、きっぷのいい女性。

 

息子・翔太(城桧吏)

11歳だが、小学校は「家で勉強できないやつが行くところ」ということで、行っていない。まだ素直で可愛いお年頃だが、父に教えられた万引きによって、生活用品や駄菓子を日々調達している。

 

ゆり(佐々木みゆ)

一家の近所の団地に住んでいるのだが、親に虐待されていて、いつも家の外で隠れていた。これを不憫に思った父・浩が、家に連れてきて、そこで一緒に暮らすようになる。

 

おばあちゃん・初枝(樹木希林)

もう78歳と高齢で、皆が暮らす平屋の持ち主。月に6万円の年金を貰って、一家の生活の頼りにされている。もう物故した元旦那とは生前に別れていて、正式の妻は別にいた。

 

信代の妹・亜紀(松岡茉優)

JK(女子高生)見学店という風俗の一種で働いている。風俗で働いているわりに、ケバケバはしていなくて、子供たちの面倒見もいい。

・・・この他、柄本明、池脇千鶴、尾形直人なども出演。

 

「万引き家族」あらすじ

東京東部の下町あたり、隅田川近くに暮らす一家。

家は昔ながらの木造平屋建てで、おんぼろで小さな家屋。二間くらいの小さな家に、一家五人が、共同生活を送っていた。

父は定職がなく、母もアルバイトなので一家は貧乏。おばあちゃんの年金が一番頼りになる収入源である。

また、父は息子を連れてよく万引きに出かけて家計の足しにしている。

母信代の妹、年の離れた亜紀は、風俗店でバイトしてしている。

 

そんなある日、近所の団地に、外で一人で隠れている女の子がいた。連れて帰ってご飯を食べさせると、女の子ゆりの体には火傷や痣が多いことが分かる。ゆりは実の両親に虐待されていたのである。

可哀そうになった一家は、ゆりをかくまってあげることにした。ゆりは帰りたがらないし、実の親の方でも、まったく捜索願を出す気配はなかった。

 

だが、やがて行政の職員(?)により、ゆりが行方不明になっていることが発見され、事件化。すでに、ゆりが実の両親から離れてから、二か月が過ぎようとしていた。

一方、息子の翔太は、万引きするところを駄菓子屋のおじさんに見つかる。だが駄菓子屋は怒るかわりに、ゼリーを二本渡してくれ「妹にはやらせるなよ」と告げるのだった。それから翔太は万引きすることに、ためらいを感じるようになる。

だが、実の妹みたいになったゆりは、お兄ちゃんの真似をしてスーパーでお菓子を盗もうとする。それをかばおうとして、わざと目立った翔太は店員に追いかけられ、逃げ切れなくなって、道路から下へ飛び降りて怪我してしまうのだった・・・。

それがきっかけで、警察の捜査の手が一家に入り、意外な事実が明らかになる・・・。

(以下、本編へ続く・・・)

 

「万引き家族」を観た感想

少し淡々としすぎ・・・・?

まず、「万引き家族」というタイトルからして、なんとなく、もうちょっとドタバタしたような賑やかな映画、あるいは困窮した悲惨な様子を想像していたのだが、あくまで淡々とした日常がとらえられていた。

まあ、かえってリアルなのかもしれないが。

半分ドキュメンタリーみたいな感じで、一応筋はあるのだけれど、物語をスリリングに展開させていくというよりは、家族の日常をとらえることを大切にしていた。

小さな女の子、ゆりに服を買ってあげたり、髪を切ってあげたり・・・。

一家で海に遊びに行って、浮き輪で波乗り遊びして、それを砂浜からじっとみるおばあちゃんだったり・・・。

久しぶりに、夕立ちの中、男女の関係になる浩と信代だが、突然子どもが帰ってきて、慌てて洋服着たり、雨に降られたふりしてタオルにくるまったり・・・。

セミをとる翔太とゆりだったり・・・。

 

なんか、どこかとても懐かしい昭和の香りがする毎日である。

是枝裕和作品ではいつもそうだけれど、本当に子供たちを撮影するのがうまい。

万引きを教えられた翔太は、ゆりが来てからお兄さんぽくて、ゆりをかばったり、時に邪魔扱いしたり、ゆりが「おばあちゃんはしんだ」というと、「じゃあもう忘れな」というなど、まだ小さいのに、なんというかハードボイルドな男の子なのだ。

けなげに下の子をひっぱっていく姿は是枝監督「誰も知らない」の柳楽優弥が演じた主人公を思わせた。

ゆりのさみしそうだったり、嬉しそうだったりする表情も、とても自然にうつっていた。

 

なので、好きな人は好きだと思うのだけど、特別な山場があったりするわけではないので、スリルを求める人には退屈に思えてしまうこともあるかもしれない。

私も、飽きはしなかったのだけれど、ちょっと物足りなさも感じてしまったところだ。

 

色使いがごちゃついている

これは、狙いでやっているのではという気もしたのだけれど、今回の作品は画面の色がそんなに綺麗ではない。

是枝作品らしく、全体に淡い感じではあるのだけれど、紫と緑とか、補色同士が雑多にごちゃごちゃ登場する色使いで、ビンボー感は出ているのかもしれないが・・・ちょっと落ち着く感じではなくて、映画の画面を絵として綺麗、と思えるシーンがほとんどなかったのは残念。

これは個人的な好みもあると思うのだけど・・・。

 

役者さんはいい味出してるけど、泣けるほどではない

ふがいない父親役のリリー・フランキーは、作業服とか、ラフなジャンパーとかも似合う。それに今回は全裸!(ていっても後ろ姿ですが←前を見せたら問題がある(;^ω^))ファンの皆様はリリーさんのお尻が見れますよ!

嬉しい・・・のか??

社会からはみ出したアウトローなんだけど、心根は優しいという役柄で、とても似合っています。演技は、いつもとあまり変わらないというか、ある意味素なんじゃ??みたいな感じではあるんだけどw

それから母親役の安藤サクラ。

いい味出してました。実は俳優の奥田瑛二さんのお嬢さんでもあるんです。

特に美人というわけではない、普通のたくましいサバサバしたお母さんを好演してました。

樹木希林さんも、ご年齢以上に、おばあちゃんぽさの光る演技。

子役二人も光ってます。

 

・・・ただ、うーん、何かひとつ物足りなかった。

台本や撮影の仕方のせいもあるかもしれないのだが、いまいち感情的な深みを感じれる場面がなかったのです・・・。

日常のサラリとした表情はうまくできていても、その底にある、その人物が持つ心の深い部分というか・・・そういうのが感じられなかったので、いまいち感情移入できず。

後半に、家族が捕まって警察に尋問を受けることになるのだけれど、その場面でも、もう一つ重大さが伝わってきにくかった気がする。

是枝裕和監督の「誰も知らない」では、それまでに観た映画の中で一番、大泣きした記憶(嗚咽を漏らすレベル)があったので、今回も泣かされたらやだなあ、どうしよう、と思っていたのですが、全然泣きそうになる場面がなかった・・・。

もちろん泣くために映画を見に行っているわけではないのですが、あと少し、どこかにぐっとくる場面が欲しかったのは事実・・・。

 

なぜ物足りなかったのかと思うと、今回は色んな話の筋に、映画が分散してしまっていたからかもしれない。

JK見学店(女子高生のコスプレした女の子がお客さんにサービスする)で働く妹と、その常連客「4番さん」のエピソード。これは、さっと触れられるだけなのだけど、「4番さん」は心の傷があるのか、言葉を話すことができない。二人の交流場面。

 

それと、信代のクリーニング店の場面、父と息子の万引き場面・・。

 

大人たちのエピソードと子供たちのエピソードが同じくらいの分量入ってくるので、子どもたちの世界にフォーカスしていた「誰も知らない」なんかに比べると、ちょっと焦点が拡散してて世界に入り込みづらいのだった・・・。

あと複雑な家族関係も、つかみづらかったりする。

なので、私の個人的評価では、全体として70点くらいでした。

悪くはないが、凄い傑作ってほどではない・・といった感じ。

ただ、カンヌ映画祭でこれだけ評価されているので、好きな人は、もっと面白く、満足感を持って見れるのではないかと思います(;^ω^)

 

しかし、是枝作品には、いつも薄膜のような、「なんともいえない品の良さ」を感じてしまうのだよね・・・。育ちがいい人が撮ったのかなあ・・というような。

どっちかというと、突き抜けた狂気が好きな私にとっては、少しもどかしいところもある。

「誰も知らない」「三度目の殺人」の方が、透明感と切実さが強く表現されていて好きだったなあ・・・。

でもずっと、是枝さんの映画には「貧困」や「家族」に注がれる眼差しがずっとあって、そういう社会派ともいえる視線はとても好きなんだけど。

 

昭和初期の家族はこんな感じだった?

で、「万引き家族」を観て思ったのは、平成だと珍しくても、昭和の家族なんかには、意外とこういう暮らしって普通だったんじゃないか??ということだった。

特に昭和初期。1920年代、30年代とかの戦前の頃なんか。

その頃の小説とか読んでいると、オンボロ長屋の二間くらいの場所に、へたすると二家族が共同生活していたりする。夫婦二組と乳飲み子二人、そして旦那は二人とも定職がなく、毎日食うや食わずで、豆腐屋さんとかにもツケがたまっているという・・・。

そしてどこからか食料は「調達」してこないといけない・・・。

そしてそんな状況なのに、旦那の友人で、家賃を払えなくなった輩が転がり込んできて、居候になったりとか。

そういう今から見ればハチャメチャな状況って、昭和初期の貧民街では、かなり頻繁に起こっていたのではないかという気がする。

戦後すぐもそうだろう。

「はだしのゲン」とか読んでても、弟が死んだ後に、弟にそっくりの孤児を拾って一緒に家族同然に生活始めたりしているし。

今回「万引き家族」では、祖母が亡くなった時に、お葬式をあげるお金がないせいか、庭に穴掘って埋めちゃったりするけど、そういう個人的に遺体を処理しちゃうっていうのも、昔は今よりは普通に行われていたのではないだろうか・・?

もちろん、貧窮状態がいいわけではないが、その状態はその状態なりの、人々の今とは違う関係性の世界があったのだろうなあ、という気がした。

(逆にいうと、今はまた、昭和初期の貧乏長屋暮らし状態に少しずつ生活レベルが戻りつつあるのかもしれません・・)

 

家族というのは、血の繋がりよりも、「家」族、というくらいだから、一つ屋根の下に暮らしていくうちに出来ていく関係性ではないのだろうか、という気がした。

夫婦だって元は他人だし。同じ家に暮らしていくうちに、関係性が生まれて「家族」になる。

だから、友人同士でもなんでも、もっと自由に皆、血のつながりがない「家族」を作ってもいいのではないか?そういう気がした。

実際、ゆりも、虐待する実の両親のところにいるよりも、血はつながってないけれど「親身」になってくれる浩と信代のところにいた時の方が幸せだったのではないか‥?

 

・・・しかし余談ですが、映画館は初回だったのもあってか、ほぼ満席だったのですが、圧倒的に高齢者が占めていたのにビックリしました。

なぜ???

「パルムドール受賞」がテレビで放映されて、テレビをよく見る高齢者層にヒットしたんでしょうか??それともこういう題材って・・高齢者には昭和の長屋暮らしを思い出させるので響くのか??

謎ですが・・・。

今回の映画は、家族もの好きな人、子どもが出てくる映画が好きな人には、おすすめです!淡々とした、でもちょっと奇妙な日常を描く物語が好きな人にも。

ただアクション満載、スリリングを求める!という人には向かないかも・・。

 

なぜ私は「万引き家族」で泣けなかったか、感動できなかったのか。

ネットを見ていると、かなり多くの人が

「途中で涙腺崩壊した」「泣けてしかたない」「家族ってなんだろうと考えさせられた」とか、「衝撃」とか、書いてます。

で、そこまで感情移入、共感できなかった私は、段々自分が、非人間みたいな気がしてきてしまったので(;´・ω・)、理由を考えてみました。

※ ここから先はネタバレ含みます。

 

万引きがそれほど衝撃ではなかった

まず、彼ら家族がやっていることが、私にはどうしても「悪」には思えなかったです。万引きは別にしませんし、人におすすめもしませんが、、、。

倫理観崩壊してますかね?

もちろん社会的基準でみれば、別に、いいことではありませんよ。法律違反ですよ。

 

でも他に、本当につかまえるべき巨悪なんて、ゴロゴロしているではありませんか。

税金をまったく払わない大企業だって、年間何億円も稼いでいるのに、「なまけものの貧乏人にやるのが惜しい」と税金だししぶったり、危険な原発作業などを人にやらせて、自分はその命の上にあぐらをかいていたり・・・・。

そういったものが野放しにされていて、その社会構造の下で貧窮している人たちが少し万引きすると、いいように咎められる。しかし、誰だって生き延びたいんです。そして、もっと、どでかい罪悪をやっている人たちは、まったく罪に問われない。この構造は明らかに変・・・

なので、彼らのやっていることを、ことさらに責め立てたくはない・・・。もちろん良いこととは言いません。けれど、私たちは、それを糾弾できるほど潔白なんでしょうか?ただ意識していないだけで、いろいろなものを踏みにじって生きているのではないでしょうか?

「万引きはけしからん!」と脊髄反射で反応するのは簡単ですが、善悪を簡単にさばく前に、自分たちの中にひそむ善悪をもっとよく見た方がいいかもしれません。

倫理が崩壊しているというなら、この世の中がすでに崩壊しています。

(繰り返しますが、だからって万引きをすすめるわけではないですよ・・?映画の中でも、「お店がつぶれなければ」と言ってるし、翔太も、途中から罪悪感を感じてやめてしまいます。万引きを単純に肯定している映画ではないです。)

 

あと、ここは念押ししておきますが、

・・・ネットの一部では「万引きを肯定しててけしからん!」とか言われているけれど、観ればわかりますが、けしてこの映画自体は、万引きを肯定しているわけではないですよ・・・。

それを言い出したら、ヤクザとかマフィアをテーマにした映画とか、それどころか少年漫画まで「暴力を肯定している!!」といえてしまうのでナンセンスです・・・。

 

社会病理について、より深く考えさせてくれるのが、映画や漫画、小説ですよね。現実に存在するものなら、臭いものに蓋をして隠せばオッケーじゃなくて、それとじっくり向き合うのが、問題を解決するためにも大切・・・。

どうもリアルとバーチャルの区別がつかない人が多そうで怖い・・・。

 

それ以上に、「万引き家族」叩きを見ていると、弱者が弱者を叩くという、日本社会はそこまで貧しくなってしまったのかなあ、という悲しさに襲われます・・・。

その弱者を作り出している構造自体を批判せず、貧しくなった者同士が叩き合うという、、生活保護叩きもそうですよね・・。

じゃあどうしてそんなに貧しい人が増えているのか。理由の一つとしては、低賃金の派遣労働者ばかり増やしてきたツケが回っていると思うのですが・・・富裕層への税率も昔から比べて、随分と下がっていますし、そうした政策には批判が向かわないという、変な構造です。

 

家族観がもともと変である

それから、後半では彼らが、実は全然あかの他人の集まりであった、というのが明かされるわけですが、これもあまり衝撃ではなかったです。

息子にしても、捨てられていたのを拾ってきたという設定みたいですが、個人的に、別に血がつながってなくても、家族として暮らせばいいでないの、「家」で一緒に暮らしてれば、それが家族でしょ、と思ってしまうタイプなので、別に衝撃を受けませんでした。「それでいいのでは」としか思えない・・・(;^ω^)

個人的に、自分の家族と自分のそりがあわず、いつも家族の外に身近な存在を求めてきた経験から、こう思うところもあるかもしれませんが。

でも歴史的に見ても、血縁の核家族というのは、かなり新しいスタンダードなわけで、そうじゃない暮らし方なんて今までもたくさんあったわけです。

 

「絆」という言葉に興覚めしてしまった

それから、「万引き家族」は、血縁こそないし、社会的に見れば、父と息子は万引き、母もクリーニング店で時折盗み、妹は風俗で働く、などアウトサイダーなんですが、彼ら自体は、逆に「模範的な家族」なんです。

とても仲睦まじい、孫とおばあちゃんと、父母と、母の妹・・・って感じで。

劇中、「選んだ絆の方が強いんじゃないの」というシーンもあります。

まずこの「絆」っていう言葉に、やや白けてしまった・・。

まあ、大震災の時に「絆、絆」が悲惨さや解決されていない問題を隠すかのように、あちこちで喧伝されていたため、この言葉自体にマイナスイメージが付いてしまってるのかもしれませんが(;´・ω・)

おそらく、監督はこの手垢のついてしまった「家族の絆」という言葉を、普通ではない家族に当てはめることで、また違う側面から照らし出したかったのだと思います。

しかし、どうも「いかにもな」家族の愛情、みたいなのを強調する場面が多くて、どうも入り込めなかった。

ネットで珍しく低評価のレビューを書いている人がいたんですが、その人いわく「しあわせで健全な家庭で育った人が作った作品」。これに激しく同意してしまいました(;´・ω・)

小さな女の子、ゆりをお母さんがぎゅっと抱きしめるシーン。「好きだから殴るなんて嘘」といいつつ。(このセリフには全面同意)

亡くなったおばあちゃんの髪の毛をとかしてあげるシーン、「私があなたを選んだ」と自分の娘にいうおばあちゃん・・・。

孫の服を縫ってあげるおばあちゃん・・・。

仲睦まじい家族そのものなんですが、私はすでにこういうシーンにどこか「絵空事」を感じずにはいられなかったんですよね・・・。

「つくりばなし」という気が凄くしてしまった。この仲良さに、引いてしまった。

 

役者さんの演技や撮り方によって、たしかにとても自然体、ドキュメンタリーのように映し出されてはいるんですが・・・。

それから、子どもの足をきらきらした光でうつしだすショットとかにも、何か、作為を感じてしまったりとか。

全般的に、「作為」を感じてしまったんですよねえ・・・。

これはやはり、事実を基にした「誰も知らない」には負けているのかもしれない。「誰も知らない」の方が現実の残酷な側面をあらわにしていた気がする。

「万引き家族」はあくまでも、台本で書かれた物語、という感じがしてしまいました。

物語よりも事実の方が強いのかな・・?

 

まあ、リリー・フランキーが出演する映画を直前に見てたから、お父さんがやはり「リリー・フランキー」として認識されちゃったこともあるかもしれませんが、、、なんかあまり「本当の家族」には見えなかったんだなー・・。

 

「万引き家族」感想まとめ

・・・と、なぜ感動出来なかったのか、物足りなかったのかという理由を考えてみました。

こんなわけで、私のようなひねくれ者には、しらけてしまったとこも多かったのです。健全な家族で育って、人と人との間の絆を、もっと純粋に信じている人たちには、響くのではないでしょうか??

なんというか、自分は「家族」というものに対して、とことん淡泊というか、幻想を持っていないんだなあ、ってことが突きつけられた気がします(;’∀’)

とはいえ、一日過ぎても、家族の気配は、ずっと心に残りますし、役者さんも演技を感じさせない自然体の演技は素晴らしかったと思うし、なにより、ここまで色々考えさせてしまうのだから、やはりいい映画なんだとは思いますよ。

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