アヴィーチー(Avicii)自殺? 死因は出血多量?

エンタメ•ゴシップ

こんにちはTacです。

世界的なエレクトロニック音楽ブームをけん引したスウェーデン人DJのアヴィーチー(Avicii)さんが20日、オマーンで急死した。

28歳だった。

代理人が明らかにした。


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DJアヴィーチー(Avicii)死亡原因不明?

本名をティム・バーリリン(Tim Bergling)というアヴィーチーさんは、世界で最も成功を収めたDJの一人となった後、2年前に若くしてツアー活動から引退していた。

代理人の声明によれば、アヴィーチーさんは訪問先のオマーンの首都マスカットで遺体で発見された。

死因は明らかにされていない。

オマーンで死去も、現時点で死因は不明。

昨年のローリングストーン誌インタビューでは、ライブ活動から引退する理由について以下のように語っていた。

自分の感情を正しく把握できなくなったから、ツアーを辞めることにした。活動自体が、成功のために成功するっていうことを追うばかりになってしまっているから。もう幸福を感じられなくなったんだ。

「深い悲しみをもってアヴィーチーことティム・バークリングの死をお伝えします。現地時間4月20日金曜日の午後、オマーンの首都マスカットで彼は死体で発見されました。現在、彼の家族はこの衝撃に打ちひしがれております。大変な時期を過ごしている彼らのプライバシーを尊重して頂けると幸いです。また、今後この件に関して声明を出す予定はありません」と、バークリングの代理人が声明文を出した。

かつてナイトクラブでの使用が中心だったエレクトロニック・ダンス音楽は、ここ10年の間でトップ40に入るヒット曲を生むジャンルへと成長。

アヴィーチーさんは、主流シーンへの進出を遂げた最初のDJの一人だった。

最大のヒット曲の一つで、ソウル歌手アーロー・ブラック(Aloe Blacc)とコラボレーションした「ウェイク・ミー・アップ(Wake Me Up)」は、2013年に欧州各国でヒットチャート首位を記録している。

 

Avicii – Wake Me Up (Official Video)

アヴィーチーさんは近年、酒の飲み過ぎが一因の膵(すい)炎など、健康上の問題を抱えていることを公言。

2016年には、現実離れしたエレクトロニック音楽界での生活から離れたいとして、26歳でツアー活動引退を発表し、ファンを驚かせていた。

追記:2018年4月25日

死因について地元警察によれば犯罪の意図(他殺)や殺人はの疑いはないとのこと。

心よりご冥福をお祈りします。

キャリア

2010年、スウェーデンのDJジョン・ダールバックとともに楽曲「Don’t Hold Back」をコラボレーションする。同年にティム・バーグ名義で発表された楽曲「Seek Bromance」は英国のシンガーソングライターであるアマンダ·ウィルソンをフィーチャー、同曲はイギリスの全英シングルチャートを始めとして10数ヶ国のチャートでトップ20を記録、オーストラリアなど複数の国でゴールドディスクを獲得する

2011年に発表されたデヴィッド・ゲッタとコラボレーションした楽曲「Sunshine」は2012年の第54回グラミー賞最優秀ダンス・レコーティングにノミネートされた 。

2011年、彼のオリジナルトラックである「Fade Into Darkness」(以前のタイトル:Penguin)を、レオナ・ルイス側が無断でサンプリング、タイトル「Collide」としてリリースしようとしたため、アヴィーチー側は、レオナ・ルイス側に対して盗作したとして訴訟を起こそうとするが、のちに、アーティスト名をともに連ねることを条件にしたうえで和解が成立、「Collide」は全英シングルチャートで4位を記録する

2011年10月28日、1962年にリリースされたエタ・ジェイムズの楽曲「Something’s Got a Hold on Me」をサンプリングしたシングル「Levels」をリリース、約20ヶ国あまりのチャートでトップ10内を記録。アメリカ合衆国、オーストラリア、ドイツ、イタリア、ベルギー、ノルウェー、スウェーデン、スイスといった国々でプラチナディスクを 、イギリス、ニュージーランド、デンマークでゴールドディスクを獲得した。また、同楽曲により2013年の第55回グラミー賞最優秀ダンス・レコーティングにノミネートされた。
2012年、マドンナの楽曲をリミックスし、また、レニー・クラヴィッツと楽曲「Superlove」を共作する。同年、イギリスの『DJ マガジン』による世界のトップ100DJsのリストで第3位に選ばれた。
同年9月、世界的に有名なニューヨーク市のラジオシティ・ミュージックホールでDJとしては歴史的に初の快挙となるヘッドライナーを務める。また、チケットはすぐに完売している。
2012年の暮れ、DJのニッキー・ロメロとともにシングル「I Could Be the One」を発表し、スウェーデンの歌手ヌーニー・バオをフィーチャー、全英シングルチャートで1位を記録した
2013年2月、初の南米ツアーをブラジル、アルゼンチン、コロンビア、ベネズエラ、チリといった諸外国で行う。同年4月にはABBAのメンバーだったベニー・アンダーソン、ビョルン・ウルヴァースとともにユーロビジョン・ソング・コンテスト2013のアンセム「We Write the Story」を共作した。

ギタリスト・プロデューサーのナイル・ロジャース、米国オルタナティブ・メタルバンドのインキュバスのリードギタリストであるマイク・アインジガー、シンガーソングライターのアダム・ランバート、オルタナティヴロックバンドのイマジン・ドラゴンズのダン・レイノルズ、ブルーグラス・バンドであるアリソン・クラウス・アンド・ユニオン・ステーションのメンバーでシンガーソングライターのダン・ティミンスキー、カントリーシンガーのマック・デイヴィスといった多士済々なアーティストたちを迎えたデビューアルバム『True』を制作、本国スウェーデンで2013年9月13日にリリース。先立つこと2013年3月に米国マイアミで開催されたウルトラ・ミュージック・フェスティバルにおいてデビューアルバムの一部のトラックを初公開、アルバムの一部のトラックを聴いたドイツのDJであるZeddはTwitterにて絶賛した。同年4月、オンライン音声配信プラットフォームサウンドクラウドにて60分にわたる新しいアルバムのプロモミックスを発表し、高い再生回数を誇った

2013年6月17日にデビューアルバム『True』からリリースされた先行シングル「Wake Me Up」はソウル歌手アロー・ブラックをフィーチャー、瞬く間に全英で1位を獲得、英国の初日だけで約88,000枚を売り上げるなど同国における2013年の最速売り上げ記録となった。同楽曲は米国、英国、カナダ、スウェーデン、ニュージーランド、イタリア、デンマーク、オーストラリアなどでプラチナディスク認定される。

デビューアルバム『True』からシングルカットされたスウェーデンのミュージシャンであるサレム・アル・ファキールをフィーチャーした「You Make Me」ならびに米国ブルーグラスシンガーのダン・ティミンスキーを客演した「Hey Brother」はともに全英シングルチャートでトップ5に入った

2015年には、オランダのDJ/音楽プロデューサーのマーティン・ギャリックスとコラボした『Waiting For Love』がリリースされた。

また、同年10月2日にはセカンドアルバム『Stories』がリリースされた。

2013年のSPRINGROOVE、2014年、2015年の単独公演に来日予定だったが、本人の都合で中止となっている。2016年に行われた来日公演では、「僕らは君を諦めない!」と銘打たれた宣伝がなされた。

2016年3月29日に、自身のオフィシャルサイトとFacebookにて、年内をもってDJ活動(ライブ、ツアーなど)から引退すると発表した

同年7月に、YouTube上で「Wake Me Up」のミュージック・ビデオの再生回数が、10億回を突破した

同年8月28日に、5年間もレジデンシーを務めたイビザ島のUshuaïa Ibizaで最後のライブ公演を行ない、長いツアー生活に終止符を打った

2017年8月には、6曲の新曲を収めたEP盤「AVĪCI (01)」をリリースした

2018年4月20日、28歳で死去

自殺?出血多量が原因

5月2日スウェーデン出身のDJアヴィーチーさんの死因が、出血多量であったことが分かった。

アヴィーチー(本名、ティム・バークリング)さんは先月20日にオマーンのマスカットで亡くなっているのが発見。

その後家族は「彼は本当に目的、人生、幸せと葛藤していました。これ以上は続けられませんでした。彼は平穏を見つけたかったのです」と表明していた。

そして、アヴィーチーさんが出血多量により亡くなったとゴシップサイト「TMZ」は伝えた。

関係者はガラスの破片によって大量に出血したと明かしており、ある関係者はアヴィーチーさんがボトルを割り、その破片を使ったと証言しているほか、別の関係者はワインボトルだったと伝えた。

さらにその2人の関係者はアヴィーチーさんの傷は首だったと話しているが、また別の関係者はそのことを強く否定し、手首だったと明かしている。

アヴィーチーさんはアルコールの問題を長年抱え、友人たちは心配していたそうだ。

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